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2018.2.19更新
Hazuki
2018年はハワイ日系移民渡航150周年!渡航のルーツとは?

 

ハワイには日系の人々が多く暮らしていることをご存じの方も多いかと思います。2018年は、初めて日本人が移民としてハワイへ渡航してから150年周年を迎えます。これほどの歴史があったと知る人は少ないのではないでしょうか。

ハワイは日本人にとって永遠の憧れの南の島であり、とても身近な海外です。150年もの間には戦争もあり、真珠湾攻撃など悲しい事件もありました。一方で、憧れのハワイで奮闘してきた日本人の功労が現地の人々に認められ、今でも多くの日本文化がハワイに根付いています。

今回は、ハワイの日系移民のルーツに迫ってみたいと思います。

 

日系移民の渡航の後押しをしたのは明治維新


2018年は明治維新150周年の年でもあります。現代の日本の基礎を作り上げた大きなパラダイムシフト。この明治維新が日系移民の背中を押したと言っても過言ではありません。

当時、明治維新によって日本は急激な近代化に迫られました。社会全体が急速に大きく変化していく中で、日本の農村地域には多くの労働者が溢れており、都市部へ出稼ぎに行く者も多かったと言います。

一方で、明治維新の少し前、ハワイではサトウキビ畑や製糖工場が増加の一途をたどる中、流行り病で多くの労働者を失いました。労働者不足は深刻で、1860年、福沢諭吉も在籍したことで知られる遣米使節団がハワイに立ち寄った際に、当時の国王であったカメハメハ4世が労働者供給を請願しています。その頃、日本は維新に向けての混迷期であり、ハワイへの労働者供給どころではありませんでした。しびれを切らせたカメハメハ5世が、当時の在日ハワイ領事であったユージン・ヴァン・リードに日本政府と交渉するよう促し、ヴァン・リードは幕府との交渉の末、300人分の出稼ぎ労働者の許可を得たのです。

しかし、その後すぐに幕府はなくなり明治政府となり、ハワイ王国が条約を結んでいないということで幕府との交渉内容が無効となってしまったのです。

ここでヴァン・リードは大胆な行動に!1868年、すでに渡航準備を終えてしまったリードは、なんと無許可で日本人153名をホノルルに送り出してしまったのです!

こうしてハワイへ送られた日本人移民第一号は元年者と呼ばれています。国際問題的に最悪なスタートとなってしまったわけですが、これがハワイにおける日系移民のルーツとなり、現在に至ります。

現在、在ハワイ日系人はハワイ州の全人口約140万人のうち、約14%を占めます。何気なくハワイ旅行を楽しむ中で、日本人にとって馴染みの深いものをハワイに感じるのも、日本人移民の功労があったからこそ。歴史を知ることで、ハワイ旅行も一層深く楽しむことができるでしょう。

 

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