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2018.1.10更新
ayaka
ハワイの日系移民の歴史があって今のハワイがある

 

ハワイには日系人がたくさんいます。そして、多くの日本人観光客がハワイを訪れています。日本とハワイの関係は深いものですが、その歴史をひもとくと、日系移民のたどった数々の困難な歴史が見えてきます。

 

1865年から日本人の需要の声が高まる


日本人に海外旅行で人気の高いハワイですが、ハワイには多くの日系人が今もなお住んでいます。ハワイにはなぜ日系人が多いのでしょうか。

ハワイに初めて降り立った日本人の記録は、富山の運搬船・長者丸の次郎吉という人物の記録です。船が難破し、アメリカの捕鯨船に助けてもらったのが1839年になります。同じく遭難したところを捕鯨船に助けられ、その後アメリカへ渡り様々な学問を学んだジョン万次郎より、2年早くハワイの地を踏んでいます。

次郎吉は約1年間ハワイに滞在後、鎖国している日本にシベリア・アラスカを経由して帰国しています。その後は5年ほど幕府に監禁され、海外事情を聞かれたりしたそうです。

その頃ハワイでは、835年に西欧人によるさとうきび栽培が始まり、砂糖産業が盛んになっていきます。1848年にはハワイ王朝が外国人の土地私有を認めるようになり、ハワイの人の生活に必要な分だけ作られてきたさとうきび栽培が、西欧人による大規模なプランテーション化へと進化を遂げ、一大産業へと急成長していきます。

やがてハワイ王国内での現地人のみでは労働力の確保ができなくなり、移民を受け付けるようになりました。1850年に初の労働移民を中国から招き入れ、1852年には官約移民制度が導入され、ハワイ政府公認の移民制度が本格的に始まりました。しかし、中国人は農園仕事の定着率が悪く、商売を始めるものなどが増えていき、出稼ぎ人からハワイやアメリカ本土への移民へと変わっていきました。足りなくなった労働力は1865年頃から中国人から日本人にシフトしようという声がハワイ政府の中で起きていきました。ハワイにおける日本人の歴史はそこから始まろうとしていたのです。

 

1868年に150名の労働移民がハワイへ


1860年に、徳川政府が派遣した遣米使節団を乗せたアメリカ海軍軍艦ポウハタン号が往路、その護衛船だった日本船籍の咸臨丸がサンフランシスコからの帰路にハワイに立ち寄り、石炭と水の補給を行いました。その際にカメハメハ四世とエマ王妃にお目見えし、日本からの移民を正式に要請しました。

1868年に元年者といわれる150名の労働移民がイギリス船籍サイオト号に乗り、ハワイへと到着しました。幕末の時代でしたし、農業未経験の職人や失職している武士が多かったため、農園仕事が合わず、40名が日本に戻っています。

3年間の就労を無事終え、残っていた110名のうち帰国した人数が11名、ハワイに残った人数が40名強、賃金の高いアメリカ本土へ移っていった人数が約半数となってしまいました。その後、明治政府はハワイへの移民に慎重となり、その間はポルトガルやドイツ、ノルウェーからの移民がハワイに入ってきました。

1881年にカラカウア王が東京に来日し、明治天皇に謁見した際に移民を要請しました。1885年に明治政府が正式に官約移民を認め、1893年のハワイ王国が終焉するまでに約2万9千人もの日本人がハワイへ移住していきました。

官約移民が廃止されて、1894年からは民間による移民斡旋業者が30社以上設立され、1907年までの間に約7万1千人を移民させています。

1908年、日米紳士協約により新たに日本人移民がアメリカ合衆国への入国禁止となりましたが、一時帰国の再渡航者や現地移住者の親族などは入国することができたため、1924年までの間では呼び寄せる形としての移民となり、約6万1千人が移住しています。この呼び寄せ移民は、現地の独身男性の写真を日本に持ち帰り、お見合いを計画実現させ、花嫁となる人がハワイへ移民するケースが多くありました。

1920年には移住者の子どもたちも増え、ハワイ人口全体の約42.7%が日系人の占める割合となるまでになっていきます。

 

結果的に日系移民は受け入れられた


その後戦争が始まると、アメリカ本土にいた日系人は強制収容所へと送り込まれます。日本への忠誠心が強いと思われる人物、そして影響力があると見なされた人物以外は、今までと同様に社会で生活することが許されました。収容された人のほとんどは日系1世の人です。戦時中においては、日系2世の代となっていきました。アメリカで生まれ、普通に英語で授業を受けたり、アメリカ社会に馴染んでいたため、アメリカへの母国意識を強く持っていました。そのためアメリカ本土と比較しても、日系人兵士として志願する方がハワイでは多かったことは事実です。

このような歴史から、ハワイでの日系移民たちはハワイの人に受け入られ、ハワイのあちらこちらには現在も日本文化が残っています。ハワイには100箇所以上の現存している寺院があり、ホノルルのハワイ出雲大社は有名です。ハワイ金刀比羅神社とハワイ太宰府天満宮は同じ敷地に隣同士に建っている神社です。こちらは有名な観光スポットとなっています。その他、高知城を小さくしたマキキ聖城キリスト教会などがあり、移住者の心に安らぎを与えています。その他にも、盆踊りならぬ盆ダンス、スパムおにぎりやシェイブアイス(かき氷)、銭湯など日本文化が鮮やかに溶け込んでいる風景がハワイには多く、見られます。

 

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