アロハなビーチライフスタイル情報サイト-hawaii.jp

もらうと思わず笑みがこぼれる素敵な贈りものってありますよね。我がファミリーにも先日届きました。それは、マノアのキッチンで手作りされた甘酸っぱい幸せ。

 

マノアのお庭で採れたリリコイを煮込んだ手作りジャム


私の大好きな叔父と叔母は、オアフ島はマノア在住。

お庭には叔父が植えた植物たちが元気に成長中。祖父育てていたガーディニアをはじめ、果物の木などを増やしていき、今ではなかなかのトロピカルガーデンに。

虹の生まれる街、マノアは雨も多く、日当たりもいいお庭なので、ライチ、パパイヤ、パイナップル、バナナ、マンゴー、パッションフルーツなどなど。たわわに実る。

ちなみに、パッションフルーツの花って、こんな感じ。

 

聞いたことのある人も多いと思いますが、パッションフルーツをハワイ語では「リリコイ」と言います。

叔父が育てたリリコイたちは、旬になると食べきれないほどの量になるので、叔母が煮込んでジャムを作ります。

そう、手作りのリリコイ・ジャム。

このリリコイ・ジャムが国際郵便で我が家に到着。

これが甘酸っぱくて、マノアで生まれ育ったピュアで優しくハッピーな叔母そのもののような幸せな味がする。

 

マノア産無農薬栽培のリリコイで作った無添加ジャム。

ラベルには”Made from Carrie’s Kitchen“。マノアのキッチンを思い浮かべ、すっかりアロハな気分。

 

このリリコイ・ジャムが届いた翌日から、毎朝のリリコイ・ジャム・トースト。朝起きるのが、楽しみでしょうがない日々が続いたのでした。

 

カウアイ島から届いたリリコイ・バター


毎朝家族全員でリリコイ・ジャム・トーストを食べていたので、当然のことながらすごいスピードで減っていく…。叔母から4瓶届いた手作りリリコイ・ジャムは、1ヶ月ほどで完食。

あー。これでアロハ気分の朝食は終わりかぁ…なんてしょんぼりしていたところ、カウアイ島にバケーションに行っていた友人から、最高なお土産が!

 

やった! Aunty LilikoiのPassion Fruit Butter!!

あとしばらく、アロハ気分な甘酸っぱい朝を楽しめそうね。

 

オアフ島のノースショアにある、ヒストリック・タウン「ハレイワ」には、古き良きハワイの面影を今に残す、魅力的な街並みがあります。日本からの移民の人たちも多く、マツモトなど日本人の名が看板にちらほら見られます。

 

 

ハレイワ・アリイ・ビーチパークを訪ねてみよう


多くの時間は過ぎ去っていき、消えていくと感じている方は多いと思われますが、そうではありません。多くの時間は歴史や佇みへと姿を変化させていきます。ハワイはどちらかといえば、観光やショッピング、ビーチと行動的なイメージが浮かびますが、のんびりとしたイメージも実は存在します。都会の喧騒から離れ、ハワイを満喫してみたい方におすすめなのが、ノースショアに存在するヒストリック・タウン、ハレイワです。ノースショアは文字通り、オアフ島の北海岸に位置し、ハレイワは、そのノースショアを代表する観光の街です。

ハワイに流れてきた多くの時間が姿を変化させ、この街の雰囲気を醸し出しています。そんなに大きな街ではありません。南北に2.5キロからなる小さな街です。ハレイワでまず、尋ねたい観光スポットは、「ハレイワ・アリイ・ビーチパーク」です。パーク内には広大な芝生があり、その芝生の上を歩くだけで、アロハな気分を味わえます。生い茂った樹木の木陰で、のんびりするのも、ゆったりとした時間の流れるハレイワならではの楽しみ方です。週末になると、BBQをしていたり、初心者や子供達がサーフィンをしている光景も見られます。

このビーチパークは、冬になると、世界最高峰と呼称されるサーフィンコンテスト「トリプル・クラウン・サーフィン」の舞台にもなります。ノースショアの海では、夏と冬で趣きの違いを感じることができます。そのため、サーフィン初心者は波の穏やかな夏、幸運のビッグウェーブを楽しみたい方は、冬を選択すると良いです。ハレイワは、爽快な夏そのものを感じる街でもあります。一度、訪れたら、もう、離れたくはなくなるでしょう。ハレイワでは、格別のアロハ・スピリットを感じることができます。

 

 

ハレイワは景観保護地区


もちろん、ハレイワもハワイの他の地域のように、多くの日系人が居住しています。日本人移民の子孫はもう、4世や5世の世代となっています。もう、日本語を話すこともできず、そして、日本に対する思いも希薄になってきています。そして、ハレイワも観光地化が進み、観光客向けの大きなショッピング.モールや土産物店が次々と建っています。そのため、日本人移民は店を畳んでしまう事態になってしまいました。

移民の方の多くは、差別に苦しみ、苦労をし、現在に至っています。ここハレイワでは、その時の流れを感じることが可能です。時間を越えた古き良き日本の空気がまだ、流れていると信じたくなります。遠く離れた先人の日本人移民の故郷を思う気持ちがそうさせているのでしょう。ハレイワは景観保護地区となっており、ハレイワの街並を守ろうと、新築の建造物に対し、京都と同じように建築基準が定められています。日系人の苦悩、苦労と共に発展していったハレイワですが、現実、人口比率が少ない人種は日系人となっています。

寂しい限りですが、そうだからこそ、私達、日本人がハレイワを訪れたときに、郷愁を余計に感じてしまうのではないでしょうか。ハレイワは日系人の繁栄を現すソウルフルな街です。歴代の日系人のアロハ・スピリットを今、感じてみるのも良いでしょう。

 

 

ハレイワでグルメを堪能してみる


ハレイワでグルメを堪能することは楽しみのひとつです。「マツモト・シェイブアイス」に行ってみることをおすすめします。元々は、食料雑貨屋でしたが、シェイブアイスが有名となり、アイス屋として、圧倒的な知名度を誇るようになりました。卓越されたカラフルな色彩が特徴で、シロップは何と40種類あります。その中から、好きな3種類を選択し、自分好みのシェイブアイスを作ってもらいましょう。なお、一番人気は、イチゴ、レモン、パイナップル味のレインボーとなっています。ハワイらしい色彩を楽しんでみると、心が躍動するでしょう。

「ジョバンニ・オリジナル・ホワイト・シュリンプ」もおすすめのグルメスポットです。多くのシュリンプを提供しているお店の中で、行列の絶えない店が、シュリンプ発祥のお店であるジョバンニです。メニューはシュリンプ・スキャンピ、レモン・バター、ホット&スパイシーの3種類のみです。この3種類だけという事実から判明することは、それだけ、味に自信があるということです。初めて食する方におすすめなのは、オリジナルテイストのシュリンプ・スキャンピです。ガーリックがまぶしてある大きいエビをカリカリに揚げており、ガーリック・オイルがたくさん掛かったご飯も付いてきます。ハレイワに行くのであれば、絶品のガーリック・シュリンプを食べないと、損です。ぜひ、訪れて、堪能してみましょう。グルメを楽しみながら、ハレイワを堪能することをおすすめします。

ハレイワのメイン・ストリートには、トタン屋根に緑やピンクの壁の店が立ち並びます。「アオキ」、「ヨシダ」、「マツモト」など、かつて、商店の看板には、日本人の名前が多くありました。年月を重ね、ハレイワはノースショアを代表する街となってきました。そんな郷愁が漂う街、ハレイワに一度、立ち寄ってみることをおすすめします。そこには、アロハ・スピリットという夢を実現させた日本人の面影がどこかに見えるかもしれません。

 

 

NPOが運営しているリサイクルショップ「グッド・ウィル」は、洋服や生活雑貨など、寄付された様々な物を安価で販売しています。収益は、生活が困難な人々の経済的自立の支援に使われています。ハワイにも数店舗ある「グッド・ウィル」で買い物をすれば、社会貢献となるのです。特に、アロハシャツコーナーは人気があります。

 

 

グッド・ウィルの経営母体は非営利団体


ハワイ滞在での生活に困ったことがあれば、心強い味方がいます。それは、リサイクル・ショップです。アメリカのリサイクル・ショップでは、衣服、家具、電化製品、キッチン用品など、生活に必要な物資が揃っています。日本ではなかなかお目に掛かれない珍しいデザインの洋服やインテリア雑貨が見つかるかもしれません。不要な衣服をドネーション、いわゆる寄付として、引き取ってもらうことが可能です。賢く利用してみましょう。

リサイクル・ショップとして有名なお店が、グッド・ウィルです。楽しく買い物しながら、ハワイで社会に貢献することが可能となります。グッド・ウィルはオアフ島に7店舗、ハワイ島のヒロに1店を構えるリサイクル.ショップです。経営母体は「グッド・ウィル・インターナショナル」であり、この母体は世界的に大きな非営利団体となっています。現在は、アメリカ国内だけではなく、世界中に200以上の組織を持っています。経営目的は、障害者や生活保護を受けなければならないなどの理由で、生活を営むことに困窮している方々が最終的に自立することを手助けすることとなっています。

就業に必要なスキルを身に付けるトレーニングを通じ、グッド・ウィルでの雇用も積極的に行っている背景があります。利益の大半は、職業トレーニングや従業員の給料として、使用されることになります。つまり、グッド・ウィルで商品を購入すると、社会貢献となる所以はここにあるのです。

 

 

店内の割引品が提示してあるボードを見る必要性


グッド・ウィルで衣服などを購入する場合、タグの止め具を見ると良いでしょう。もし、今週の50%オフの色が赤だったら、その商品は半額となります。グッド・ウィルで買い物をする前に忘れてはいけないことがあります。それは、店内の割引品が提示してあるボードをチェックすることです。グッド・ウィルの洋服には、値段のタグを付けるために、赤、青、緑、黄、黒の5色と留め具が付いています。そして、その色の中から、毎週1色の留め具に付いているすべての洋服が50%引きになるのです。その色が店内のボードに提示されているので、これは確認しておかなければなりません。

また、2つ購入すると、3つ目の商品は無料や女性用シャツに限り、本日半額などの割引サービスも頻繁に行われています。また、洋服売り場の奥には、キッチン用品や写真立て、毛布やクッション、シーツなどが網羅された生活用品売り場がありますので、チェックしておく必要があるでしょう。もしかすると、想像以上の掘り出し物が見つかるかもしれません。また、グッド・ウィルでは、不要な衣服を引き取ってくれます。衣服の他には靴、バッグ、キッチン用品、書籍、シーツなどのリネン類などが対象です。これが、ドネーション、いわゆる寄付と呼称されるシステムであり、この寄付した品物はすべて分類され、タグを付けられ、また、グッド・ウィルにて販売されます。

不必要になった自分の所有物を必要としている人へと受け渡すことが可能な合理的なリサイクルといえるでしょう。購入、そして、不要なものを渡すだけで社会貢献ができるというスタイルは、日本人にとっては、新鮮に映ります。国内と海外での寄付に対する明確な差異を肌で感じ取ることができます。

 

 

グッド・ウィルのアロハシャツは人気商品


グッド・ウィルの店舗内は、どちらかといえば、大きな倉庫のような感じです。アロハシャツは人気商品です。ただ、アロハシャツ専門店ではないので、在庫の多さ、少なさは時の運となります。価格は約10ドル前後と把握しておいた方が無難です。保存状態が良質なものは、少し、価格が高くなってしまう傾向が強くなります。そして、和柄が多いのも特徴です。SサイズやMサイズにその傾向が見られます。中には、ビンテージなアロハシャツもあるかもしれませんので、じっくりと、吟味してみる必要性もあるかもしれません。

グッド・ウィルに行き、無心で物を探していると、時間が大幅に過ぎてしまうことも珍しくありません。グッド・ウィル・ストアは、オアフ島にカイムキ、ベレタニア、カイルア、パールシティ、ワイバフ、ワイバフ、ワヒアワ、そして、見切り品のみを扱っているカリヒのアズ・イズ・サープラス・ストアを含めて、全部で7店舗あります。ハワイへの旅行者が行きやすいのは、カイムキ店、ベレタニア店ではないでしょうか。この2店舗は、ワイキキからもそれほど、遠くはありません。規模が大きいのは、パール・シティ店です。カメハメハ・ハイウェイを西に、パールリッジセンターを過ぎて、少し先に行ったところの左側にあります。

グッド・ウィルで商品を購入するだけで、社会貢献をすることが可能です。その事実を知ったのであれば、入国時より、遥かに良い気分で帰国の途に着くことが可能かもしれません。

 

 

2016年にグランドオープンしたブルーノート・ハワイは、ニューヨークの名門ジャズクラブのハワイ店です。世界的アーティストや地元のミュージシャンなど、毎晩熱いステージが繰り広げられています。

ハワイの新しいナイトスポットで、音楽に酔ってみませんか。

 

 

ブルーノート・ハワイは多展開するジャズクラブ


ハワイでのバケーションで、夕陽を見ながら、甘い音楽に耳を傾けるのも悪くないはずです。喧騒を忘れ、時の過ぎ行くままに、自分の身を委ねてみたい、そう思うのも異国ならではの楽しみのひとつではないでしょうか。2016年にグランドオープンしたブルーノート・ハワイは、ワイキキの大人のジャズクラブとして人気を博しています。ブルーノートは、ニューヨークやワシントンDC、ミラノ、東京、名古屋などに展開するジャズクラブです。ブルーノートの魅力は、音響、舞台との距離感、居心地の良さです。特に、ジャズは、性質上、生の音にこだわりを持つ側面があるので、音響の良さはジャズファンにはたまらない一面でしょう。

ブルーノートに行くには、チケットを購入しなければなりません。ブルーノート・ハワイの特集ページを閲覧し、中央部分の「イベントの詳細部分はこちら」というボタンをクリックします。そうすると、カレンダーが出てきますので、その中で、行きたいイベントをクリックし、オンラインでチケットを購入することとなります。オンラインでのチケット購入が不安な方は、ホテルのコンシェルジェやジャパニーズ・ゲスト・サービスに尋ねる方法もあります。

カレンダーで日程を調べた後に、ブルーノート・ハワイのチケット売り場は、アウトリガー・ワイキキ・ビーチ・リゾートの2階にありますので、直接、出向くことも可能です。ハワイアン音楽の人気ミュージシャンも多数、登場します。他のブルーノートでは味わえないハワイならではのアロハな音楽を楽しむことは、贅沢と表現することができるでしょう。

 

 

3つの座席で2ステージを楽しむ


ブルーノート・ハワイは、アウトリガー・ワイキキ・ビーチ・リゾート内にあります。カラウケア通り沿いの上部の入口を入り、すぐ左手のエレベーターで2階に上がると、右側にフロントがあります。その右奥がブルーノート・ハワイの入口です。脇には、ボックスオフィスがあります。情報を整理してみると、ブルーノート・ハワイに行くことは、そう、難しいものではありません。公演そのものは、通常、18時30分、21時00分と、一晩に2回、行われます。

カテゴリーの差異は存在するものの、席順は先着順になります。そのため、良席で、音楽を楽しみたいのであれば、1時間前に会場に到着しておく心構えが必要です。会場は、想像以上に広く、後部に向かって段差が存在するため、どの席からも舞台を見渡すことが可能です。座席はプレミアム、ロッジ、バーといった3つのクラスがあります。プレミアム席の特徴は、舞台前部にテーブルが並べられており、密接な距離感を味わえることが可能な一面です。手を伸ばせば、ミュージシャンに手が届いてしまいそうな感覚です。ロッジ席は、プレミアム席の後部になってしまいますが、ソファーとテーブルの席が段差になって並んでいます。

音楽もさることながら、ゆったりと会場のトロピカルな雰囲気を楽しみたいのであれば、ロッジ席がおすすめです。バー席は舞台までの距離が遠く感じてしまいますが、価格がリーズナブルなため、価格を優先したいのであれば、バー席が良いです。ブルーノート・ハワイでは、1人10ドルのドリンク及びフードの注文が必要です。ビールやカクテルは勿論、チーズ盛り合わせ、ハンバーガーなども豊富に揃っています。ドリンクやフードを選択する時間も必要ですから、早めの入場が無難といえます。

 

 

食事や美酒に酔いしれながらの極上な時間


ブルーノート・ハワイは、前菜からデザートまで、食事も本格的に味わえるのが魅力です。「カプレーゼ・サラダ」は、フレッシュが満ち溢れた地元食材、モッツァレラチーズをたくさん使用し、大好評を得ています。価格は14ドルです。そして、うなぎの蒲焼風のように甘辛く味付けた「グリル・アトランティック・サーモン」は、茶碗に盛られたご飯付きです。異国でご飯を食することができるのは幸せの一言です。ぜひ、オーダーすることをおすすめします。

大きなバーカウンターも設置されています。少し、甘めの「ブルーノート・マティーニ」、爽快感溢れる「ルビー・アイ」などカクテルも豊富です。美酒に酔いながら、極上の音楽を楽しむ瞬間は天国にいるような気分になれます。ブルーノート・ハワイと同じフロアのホテルロビー横にはギフトショップもあります。この場所だけしか購入することができないTシャツ、バッグ、マグネットなどのグッズやミュージシャンのサイン入り楽器などのレアアイテムも揃えてありますので、ぜひ、立ち寄ってみたい場所です。

今後は、ジャズやブルースだけではなく、レゲエやハワイアンミュージックのアーティストが多数、出演予定ですから、様々な音楽の融合が見られます。音楽ファンにはたまらないでしょう。最大の疑問は、服装となりますが、オフィシャルサイトによると、決まった服装の明記はありませんが、ショートパンツにビーチサンダルといったラフな軽装は避けた方が無難です。甘美な音楽、そして、ムード溢れる大人の時間を過ごしたいのであれば、それなりのドレスアップは必要です。ブルーノート・ハワイに行き、アロハなジャズを楽しんでみることは、自身へのご褒美となるのではないでしょう。

 

 

ハワイではよくダンスショーを行っていますが、ハワイで有名なダンスにフラダンスとタヒチアンダンスがあります。タヒチアンダンスはよくフラダンスと間違われますが、その内容は異なり、より激しいイメージのダンスが特徴的です。

 

フラダンスの歴史


ハワイといえば「フラダンス」

ハワイのダンスというと、フラダンスを思い浮かべる人が多いことでしょう。ハワイは太平洋に浮かぶ、豊かな自然に恵まれた島々です。昔ここに住むポリネシア人達は、全てのものに精霊が宿ると信じていました。そして神様への感謝の気持ちを表すために踊りを捧げました。まだ文字を持っていなかったので、さまざまな出来事を後に残す手段としても踊り、また自分達も楽しむために踊ったのがフラの始まりといわれています。

フラは世界一優雅で美しいダンスといわれています。現在もフラはハワイに住む人たちによって、形を変えながら受け継がれています。フラダンスはハワイを訪れる観光客に人気があり、現在では世界各地で愛好者が増えるまでになりました。

 

フラダンスの歴史

そもそもフラダンスはどのようにして始まったのでしょうか。その昔、ポリネシア人達はサモアやトンガに移住して暮らしていました。その後彼らはカヌーで太平洋を渡り、タヒチ島などに着き生活を始めます。そこで彼らが神様に捧げたダンスや歌が、現在の「タヒチアンダンス」の始まりといわれています。

数百年の後に彼らの子孫はまた海を渡り、今度はタヒチから4,000kmも離れたハワイの島々にたどり着きます。彼らの持ち込んだタヒチアンダンスからフラダンスが生まれ、フラのルーツになったともいわれています。その後フラダンスはハワイで、タヒチアンダンスはタヒチで、それぞれに変化を遂げていくことになります。

 

「フラダンス」と「タヒチアンダンス」


「フラダンス」とは

フラダンスはもともと宗教儀式の意味がありましたが、今では暮らしや恋愛をテーマにした踊りもあります。古典的なフラを「カヒコ」といい、現代の自由なフラを「アウアナ」といいます。「カヒコ」は古来からの神に捧げる踊りで、オリやチャントと呼ばれる詠唱の後に、メレと呼ばれる歌に合わせて踊ります。「アウアナ」の踊りは日本人がイメージするフラの姿です。用いられる曲にはアップテンポな新しい曲もあり、楽器はウクレレやギター、電子楽器もあります。衣装にも特に決まりはなく、ドレスやアクササリーも自由です。ハワイの島にはそれぞれに島の花や色があり、それにちなんで衣装を決めることもあります。

 

「タヒチアンダンス」とは

ゆったり流れるように踊るのがフラで、太鼓の音と共に腰を激しく振って踊るのがタヒチアンダンス、というとイメージしやすいかもしれません。タヒチアンダンスは華やかで情熱的な踊りです。女性は1分間に200回も腰を左右に振るといわれます。

タヒチアンダンスには「オテア」と「アパリマ」があります。「オテア」は打楽器のみの演奏に合わせて、素早いテンポで情熱的に踊ります。もともとは戦士など男性の踊りで、女性は腰の動き、男性は足の動きに特徴があります。「アパリマ」は腰も動かしますが、手も動かします。ウクレレや打楽器などのスローテンポな曲に合わせて、しなやかな手の動きとステップで物語を描いていきます。手の動きはココナッツミルク絞りや釣りなどの昔からの暮らしや、自然や神話などを幅広く表現します。腰の動きは、激しく踊る「オテア」よりもゆっくりとした動きです。「アパリマ」のステップには呼び方は違いますが、フラと同じステップもあります。「アパリマ」がフラの元になった、といわれる所以でもあります。

 

タヒチアンダンスの魅力


華やかな衣装と笑顔が魅力

タヒチアンダンスの魅力は、大胆で情熱的な動きにあります。スタイル抜群の若い女性が華やかな衣装を身にまとい、笑顔で激しく腰を動かす姿は見るものを魅了します。

ショーの始まりや終わりに着る「オテア」の衣装は、グラン・コスチュームと呼ばれる立派な衣装のアンサンブルです。また、植物製の衣装もタヒチアンダンスに欠かせないものになっています。植物を生のままか、乾燥させて使用します。シダやジンジャーなど、いろいろな種類の草花が使われています。植物の衣装はダンサーが自ら作っています。男性のダンサーも腕飾りや足飾りを編みます。「アパリマ」ではパレオ(布)を使った衣装も使用されます。パレオは無地か、花などポリネシアにちなんだ柄が多いようです。ゆっくりとした歌と共に踊る「アパリマ」では、長いパレオのドレスを着ることもあります。花柄が多くレースで縁を飾ることもあり、花の冠や帽子をかぶります。

 

タヒチアンダンスを体験してみよう

ハワイを訪れるとフラダンスのショーを見ることが多いようですが、タヒチアンダンスも見逃さないようにしましょう。できればタヒチアンダンスを実際に体験してみるとその魅力が理解でき、とても良い思い出になります。タヒチアンダンスは、女性らしいスタイルを作ることができます。膝を曲げて中腰の状態で踊ります。上体を動かさずに腰を振ったり回したりするので、腹筋と背筋が鍛えられます。さらに腕を上げたり下げたりする動きも加わると、背中の筋力も付きます。鏡を見て踊るので、自然ときれいな姿勢になります。嬉しいことに、代謝が上がり太りにくい体質を作ることができます。日本でもタヒチアンダンスの教室があるようです。ぜひダンサー達の美しいスタイルを目指してみてはいかがでしょうか。

 

 

ハワイに来たなら海水浴はしておきたいところですが、海水浴場はスマホや貴重品を置くスペースもなく、海外では日本以上に盗難も発生しやすいです。そんなときのために防水ケースを用意しておくと、手元に貴重品を持ったまま海水浴が楽しめます。便利な防水グッズをご紹介します。

 

ハワイの犯罪事情


ハワイの楽しみ方は様々で、自然を楽しむトレッキングや穏やかな海でゆっくりとした時間を楽しむクルージング、シュノーケリングやサーフィン、パラセイリングなどのマリンスポーツ、大物カジキを狙うトローリングが有名です。その他にも、小さい星も綺麗に見ることができる天体観測、ショッピング、ゴルフにエステなど遊びきれないほど多くあります。

しかし、ハワイでアクティビティを満喫するには盗難に気をつけなくてはいけません。ハワイではアメリカ本土平均と比較すると、暴力犯罪は少ないですが、物やお金、車などがよく盗まれます。それは観光地で人が集まるのを見込んで、ハワイの観光客を狙っているものです。人気の多い日中でも盗難の被害がよくあり、人があまりいない観光地の駐車場や、ビーチとその駐車場で起こりやすくなっています。

 

ハワイの必需品


そのような盗難が多いハワイで必ずといっていいほど役立つものが、防水グッズとなります。ハワイのビーチは誰もが立ち寄りたい場所で、海水浴をして遊ぶことやシュノーケリング、サーフィンなどのマリンスポーツをする際には必需品となります。

ハワイのビーチにはコインロッカーはほとんどなく、ロッカーを利用するなら自分が滞在しているホテルのものか、ビーチ近くのホテルのコインロッカーを借りて、使用するしかありません。ロッカーに預けていない手荷物を置いている場所に仲間の誰かが一人でも側で見張ってくれていれば問題は起きませんが、その場に誰もおらず、荷物を放っておいて遊びに夢中になっていると危険です。また、駐車場に車を停めておく場合に窓から荷物が見えていたら、施錠の有無に関係なく、ガラスを割られて、荷物が盗まれることがあります。

しかし、荷物をずっと見張ることは難しいですし、遊ぶことに集中できないとせっかくのハワイ旅行が楽しめません。ビーチで盗難を予防するためには、まず荷物や持ち歩く現金を最小限にしておき、もし、盗まれたとしても困らない金額にすることや、大事なクレジットカードやカメラや時計など、貴重品はホテルの金庫に置いておくほうが堅実です。

どうしても持ち歩きが必要なカメラや携帯、万が一の事故に備えておくパスポート、車の鍵などは防水パックに入れて海へ持ち入るようにすれば安心です。また、防水グッズはそのようなビーチの防犯目的以外にも、ハワイではクルージングや滝のある山をハイキングするなど水と係わるアクティビティが多くあり、濡れるのを防ぐための必需品となります。

 

便利な防水グッズ


防水グッズはカメラ用やスマートフォン用、いろんなものを収められるウエストポーチやショルダーバッグなど形や容量がさまざまで、防水性の等級により、雨に濡れても大丈夫な生活防水に留まるものや、水深30メートルまで防水可能なケースなどそれぞれあります。防水グッズの選び方は、まず地上や水上、水中など使う場所やシーンを想定し、濡れたら困るケースに入れたいものを考え、スマートフォンやカメラを入れて操作するものならば、操作性や感度の良し悪し、耐久性、防水レベルなどで選びます。

お財布やスマートフォンなどの貴重品を入れて海で遊ぶなら、容量の大きいウエストバッグ式のものが動きやすく、3重チェックになっているものが人気です。

「Danyee®の安心交換保証付 防水ポーチ」は全部で5色あり、二つ折りの財布に眼鏡やスマートフォンまで一緒に入る大きさであり、低温耐久設計なのでマイナス37℃まで耐えられますし、冬の雪遊びの際にも使用できます。

「OSAH DRYPAK Y1601」はスマートフォンを透明ウインドウに入れ操作することができ、ポケットには長財布やタオルハンカチ、手袋などが同時に収納可能であるウエストバッグです。

スマートフォンの防水ケースでは、ソフトタイプとハードタイプの種類があり、ソフトタイプはストラップ付きでぶら下げて持ち運べ、ビニールなどの素材でできているため、少しの隙間にお金やカードなどを入れられる海水浴やプール向きの便利なタイプです。

「Hamee DIVAID 水に浮く iPhone 防水ケース」は、フローティング機能が備わっており、水の中に落としてしまっても沈むことがなく、水面に浮かぶようになっていますので紛失することがありません。また、後ろ面のカメラ部分が透明になっているので、ケースに入れたまま写真撮影ができます。

ハードタイプは、防水機能のほかに衝撃に強くしっかりと守ってくれる機能があり、カヌーや滝登りなど、アウトドアやスポーツをする人向きで、誤って落下させた場合にも安心です。

「catalyst iPhone 6s Plus/6 Plus 完全防水ケース」は水深5mの深さまで使用でき、水中撮影が可能で、2mの高さからの落下に耐え、防塵性にも優れているものです。

カメラの防水ケースにもソフトタイプとハードタイプがあり、ハードタイプは高い防水機能で深いところまで潜って使用することができますが、使用するカメラとぴったりとしたサイズのものなので、ソフトタイプより高い価格になってしまいます。ソフトタイプはビニール製などでできており、色々なメーカーの機種に対応しているものが多いため安価ですが、水深が10m以上のところで使用するには向いていません。

「DRiPRO 防水カメラケースS 872001」のソフトタイプの商品は、フロート機能が付いており、水に落としても安心で、とてもクリアなシートでカバーされているため、画質が良く撮影でき、望遠やミラーレスにも対応するサイズのものがあります。

「DicPac デジタルカメラ専用防水ケース WP-ONE」もソフトタイプで、ほぼ全てのメーカー機種に対応している幅広いサイズが揃っており、使用回数が多くても、撮影するレンズのシートは透明度を保ち耐久性があるのが特徴です。

 

 

日本食が世界各国でブームになっています。中には独自の進化を遂げ、その国の舌に合うメニューに様変わりしたものも。ハワイでも寿司は人気が高く、アメリカ風にアレンジされた寿司もあれば、日本でもなかなか食べられない本格的な寿司を提供しているお店も見られます。

 

気軽に入れる寿司屋


パンケーキやロコモコ、ステーキなど、おいしい食べ物がたくさんあるハワイですが、ふとしたときに日本食が食べたくなることもあります。ワイキキでは日本食がレストランだけでなくフードコートでも食べられるほど浸透しています。旅行者だけでなく地元の人も大好きな日本食レストランは様々あります。日本の和朝食のある店から、日の入りがきれいな店など、地元の人にも人気で、質の高いレストランがいっぱいです。

正統派のにぎり寿司からとても変わった巻寿司まで、ハワイの寿司屋はバラエティに富んだスシ・メニューがあります。寿司はハワイでの人気も絶大で、ワイキキかローカルタウンかを問わず、有名どころの寿司屋はいつも満員盛況の大賑わいです。新鮮な海産物を味わえて、抜群のヘルシー感でロコにも外国人旅行者にも好評です。ほとんどの店がスシだけでなく、各種定食や酒の肴をメニューに入れているため、寿司屋の高い敷居もなく気軽に利用できます。

ハワイのグルメ界で、少し前にブームが来たのは、パンケーキやアサイーボウルでした。しかし最近ハワイに次々とできているのが、日本の寿司屋です。しかも安価な回転寿司ではなく、最高級のネタとシャリを出している、一人2、3万円は当たり前の高級店です。そんなハワイのグルメトレンドについて紹介します。鮨銀座おのでらのメニューには、おまかせのコースがあり、銀座にひけをとらない価格設定となっています。寿司匠は、コースが破格の料金にもかかわらず、日本の本格的な寿司が食べたい地元の人や世界中のグルメ通の人たちが訪れ、なかなか予約がとりにくい店です。

 

和風ビストロ和さび


和風ビストロ和さびは、ワイキキから近いローカルタウンのカイムキに店を構えています。ガイドブックで多く紹介され、日本人旅行者にも人気が高く、さらに地元の人たちからも絶大な支持を得ています。上品なインテリアや家具、凝った器やスタッフのスマートなユニフォームなど、よくある寿司屋とは一線を画す雰囲気が特徴です。そのため、ドレスアップして訪れるロコが多いです。オーナーのセンスの良さが感じられるおしゃれなビストロで、カップルや女性同士がゆっくりとお酒や食事を楽しんでいます。

和風ビストロ和さびのメニューは本格派のにぎり寿司をはじめ、刺身や焼き魚、天ぷらや丼もの、そばやうどん、各種おつまみといった日本食のほか、おかずを選べるコンビネーション・スペシャルと呼ばれる定食などがあります。日本人シェフが心を込めて作る料理は、どれも日本の味そのものです。一般的な日本料理もありますが、和さびオリジナルの名物であるユニークな巻寿司もあります。レインボーロールやシュリンプ天ぷらロール、ダイナマイトロールやアボカドディップロール、ソフトシェルクラブロールなど、10種類以上揃っています。見た目も美しい名物巻寿司は、バラエティに富んだ味を知るためにも、何種類か注文して分け合って食べるのがおすすめです。和さびはディナーだけでなくランチタイムも営業し、メニューもディナーとほとんど変わらないので、家族でランチタイムに気軽に楽しめます。ディナーは曜日を問わず混み合っているので、ハワイに着いたらすぐに予約を入れましょう。ビーチウェアのような短パン、タンクトップ、ゴム草履では入れません。

 

サンセイ


サンセイは店名通り、オアフ島で生まれ育った日系3世のオーナーシェフが作る、とてもユニークなシーフード&スシ・レストランです。レストランのカテゴリーは和食というよりパシフィックリム料理(環太平洋料理)寄りで、正統派の寿司屋とはやや違いますが、定番のにぎり寿司や、新鮮な素材を豊富に使った色々なオリジナルロール寿司を味わえます。中でもおすすめは10種類以上のオリジナルロールをはじめ、いつも40種類近く揃ったスシ・ロールです。冷蔵ケースにおいしいネタがズラリと並んだスシ・カウンターもあります。スシのほかにも食前酒やサラダ、スープや前菜といった、豊富なサンセイ風シーフード料理が揃い、個性派のメニューはロコにも旅行者にも大好評です。

マウイ島カパルア店は1998年から2003年まで6年連続ハレアイナ・アワードを受賞しています。その後、満を持してオアフ島に店を構えた2001年以来、3年連続してハレアイナ・アワードに輝いています。場所は、ワイキキ・ビーチ・マリオット・リゾート&スパ内です。ディナータイムのみの営業で、広い店内に毎日たくさんの客が訪れるため、賑やかです。毎週末の夜10時以降はカラオケやエンターテインメントが開催され、深夜まで盛り上がります。

スパイシーツナダイナマイトは、カリフォルニアロールにスパイシーツナとスパイシーマサゴアイオリをトッピングし、天ぷらクランチとウナギグレーズを乗せたものです。レインボーロールは、カリフォルニアロールにまぐろやサーモン、アボカドをトッピングしてハワイを想像して作られたものです。醤油を少し付けて食べます。

 

 

常夏の島と名高いハワイでは、冬でも20℃を越す気温は珍しくありません。そんなハワイで雪景色が見られるというのはご存知でしょうか。ハワイ島にあるマウナ・ケア火山とマウイ島のマウナ・ロア山は、その標高の高さから山頂で積雪が確認されやすく、毎年冬になると雪で真っ白になるといいます。ハワイでの雪の楽しみ方をご紹介します。

 

マウナ・ケア火山とマウナ・ロア山の気候と環境


冬にハワイに行く場合、温暖な気候のなかで冬を過ごすためや、海水浴のためにハワイへ行くというイメージを抱いている方がほとんどです。しかし、ハワイ島のマウナ・ケア火山とマウイ島のマウナ・ロア山は標高が高く寒いため、冬になると雪が降ることをご存知でしょうか。スキーやスノーボードも楽しむことが出来るぐらいの積雪量があります。

 

マウナ・ケア火山の気候と環境


低地は森林地帯となっていて、中腹は牧草が生い茂っています。雪が降るのは山頂に近い高地で、ここでしかみられないマウナ・ケア銀剣草も生息しています。マウナ・ケア銀剣草は奇妙な風貌をしていて、全体が白い毛で覆われ、開花時には茎が真上に2~3mもの高さまで伸びて花を咲かせます。山頂近くにはワイアウ湖がありますが、高地で湖があることは珍しく、地元住民の間でも神聖な場所として崇められています。天体観測の名所としても知られ、多くの観光客が訪れます。

 

マウナ・ロア山の気候と環境


マウナ・ロア山は活火山として頻繁に活動がみられ、過去の噴火によって甚大な被害が出たこともあることから、火山研究の対象として観測が続けられている山です。観測所では世界最大の活火山と定義されています。なだらかな斜面が特徴で、島々で形成されているハワイ諸島をマウナ・ロア山だけで80%以上もの面積を占めています。山頂付近はマウナ・ケア火山と同じように冬は雪が降ります。

 

マウナ・ケア火山のほうが観光地として有名


マウナ・ケアといえば天体観測と言われているぐらいで、天体観測の名所として知られていて、山頂付近にはマウナ・ケア天文台群と呼ばれる、多くの天文台と望遠鏡が設置されています。天体観測の名所と言われているのは、太平洋の真ん中に位置していて広い範囲を見渡せること、加えて高い標高で見晴らしがよいことからです。このような理由から観光客が後を絶たず、近くにあるマウナ・ロア山よりもメジャーな観光スポットとなっています。

冬にウインタースポーツを楽しむ方も一部いるようですが、正直ウインタースポーツに適した環境ではありません。なぜなら標高が高くて空気が薄いこと、更にリフトもないため滑ったあとは自力で登山しなければなりません。加えて雪の下は石が多く、滑りにくいことも挙げられます。しかし、コアなスキー・スノボファンが滑る目的で登山することもあります。滑ったときの景色は広い範囲を見渡すことができて迫力があり、一部のプレイヤーの間でひそかに人気となっているスポットです。

見晴らしのよい頂上から雪景色を拝むだけでも十分価値があるものです。ビーチだけではなく、是非山の雪景色も堪能して頂きたいです。ちなみにマウナ・ケア&マウナ・ロア共通ですが、雪が降るとはいえ基本的に温暖な気候なので、冬でも雪が常時積もっているとは限りません。雪を目的として登山する場合は、事前に情報を仕入れてから登山することをおすすめします。

 

マウナ・ロア山は有名ではないが隠れた名所である


マウナ・ロア山はマウナ・ケア火山とは違い、観光地としてメジャーではありません。なだらかな斜面のため山頂までの移動距離が長いこと、天体観測の名所としてマウナ・ケア火山が知れ渡っているため、どうしてもマウナ・ロア山はマウナ・ケア火山の陰に隠れがちな存在です。しかし、マウナ・ロア山は隠れた名所として一部の観光客に知られています。マウナ・ケア火山は太平洋の真ん中に位置していることから、天体観測に適しているとマウナ・ケア火山の項でお伝えしましたが、マウナ・ロア山も位置や標高がさほど変わらないため、マウナ・ロア山でも綺麗な夜景を堪能することができます。もちろん雪景色も拝むことができます。マウナ・ケア火山に比べて山頂に辿りつくまで大変ですが、混雑を嫌う場合はマウナ・ロア山に行くことを考えてもよいかもしれません。

 

マウナ・ケア火山とマウナ・ロア山へのアクセス


マウナ・ケア火山

道路は存在しますが、公共交通機関が通っていないため自分で交通手段を探して山頂を目指します。そして、道路へ入ることができるのは4輪駆動車のみです。観光で訪れた場合はレンタカー会社であるハーパー社の4輪駆動車で頂上を目指すか、入山を許可されているツアー会社の車で頂上を目指す方法があります。

 

マウナ・ロア山

観光客向けの施設がなく、マウナ・ロア山に登る場合は食べものや飲み物など事前準備する必要があります。トイレも少ないので済ませておきましょう。ツアー会社でマウナ・ロア山に登るツアーも少なく、基本的にレンタカーを借りて自力で登る必要があります。キラウェア火山側から登るルートとサドルロード側から登るルートがありますが、サドルロード側から登るルートの方がメジャーです。頂上までの長い道のり、そして舗装は一応されているものの、山道特有の凹凸が激しいため4輪駆動車でないと登るのは難しいです。マウナ・ロア山は登山に慣れていない人にはおすすめできないので、不安な場合はマウナ・ケア火山に行ったほうがよいでしょう。このような理由もあり、観光地としてマウナ・ケア火山のほうが有名となっています。

 

 

ハワイは観光地としては勿論、自然が豊かな島としても知られています。そのため動物も非常に多く暮らしており、ハワイにしかいない固有種もたくさんいます。その理由と固有の動物たちをご紹介します。

 

なぜハワイには固有の動物が多いのか


ハワイには、そこでしか見ることの出来ない珍しい動物が多く、ハワイの在来動物の中で固有種の割合は90%になるとも言われています。ではなぜ、ハワイにはそこでしか見ることの出来ない固有種が数多くいるのかというと、それはハワイの地形が大きく関係しています。

ハワイは、大洋島と呼ばれる大洋中に孤立した島で、周囲の陸地から3,000km以上離れています。そのため、外部から新しい動植物が侵入することは大変稀となっています。そしてそのような隔絶された環境では、適応放散と呼ばれるニッチな進化が広範囲にわたって起こるため、他の地域には存在しない固有種が数多く見られることになります。

適応放散の例として有名なものはガラパゴス諸島で、“ガラパゴス携帯”など、特殊な進化をしたことを意味する語としても使われるほどですが、ハワイの適応放散の派手さはガラパゴス諸島の比ではありません。そんな、独自の進化をとげた動物が数多くいるハワイですが、具体的にはどのような生き物を見ることが出来るのかを、以下でみていきます。

 

ハワイ固有の鳥たち


ハワイ在来の鳥類は約50種いるといわれており、そのほとんどが固有種です。これらの固有種の中には、特定の木の実しか食べない種や、鳥類にもかかわらず飛ぶことをやめてしまった種も少なくありません。

その中で、特に面白いのがネネ(ハワイガン)です。ネネはカナダガンという渡り鳥を祖先に持つのですが、ハワイに定着してからは渡りをすることをやめたばかりか、水辺で暮らすことすらやめてしまいました。

また、ハワイの適応放散の派手さの代名詞とも言える鳥にハワイミツスイ類がいます。このハワイミツスイ類はもととも1種類のフィンチだったものが、くちばしの形状や体色、大きさなどを様々に分化させ、亜種も含めれば50種類以上が知られるほど多様かつ独特な進化をしています。外敵がいない状態で進化したため、赤や黄色など鮮やかで美しい色をした種がいる点も見所です。

 

その他のハワイ固有の動物


ハワイは特殊な環境における進化によって、固有種の種類や割合こそ多いものの、大洋島であるため、そもそも、自力でハワイにわたってくることの出来た動物はそれほど多くありません。昆虫や陸棲の貝類などを含めれば、それなりの種類が生息していますが、動物園にいそうなイメージの動物に限ると、前述の鳥類を除けば、あとは哺乳類が2種だけとなります。

1種目はハワイシロゲコウモリで、これは鳥類と同様に空を飛んでハワイにやってきたものと考えられます。2種目はハワイモンクアザラシで、こちらは海を泳いでハワイにやってきて、そのまま定着したものと考えられます。

ハワイにいる鳥類以外の固有の動物の少なさと、2種いる哺乳類の特殊性からも、ハワイがいかに外界から隔絶された土地であるかという点がよくわかるかと思います。

 

ハワイ固有種の今


ここまでの話では、ハワイは外敵のいない固有種の楽園のように見えるかもしれませんが、実際のところはそこまで楽観的な状況ではありません。多くのハワイ固有種が絶滅の危機に瀕しており、ハワイは絶滅危惧種の宝庫といわれるほどです。全米の500分の1しかないハワイに、全米の絶滅危惧種の約半分がいると言えば、どれほどの事態かわかりやすいかと思います。実際に絶滅してしまった種も多く、Mohoidaeと呼ばれるハワイ固有の鳥の科はその全てが絶滅してしまっています。

極端な気候変動などが起こったわけでもなく、さしたる外敵もいないはずのハワイでなぜ、絶滅の危機に瀕しているのかというと、人間と人間が持ち込んだ動物や病気が原因です。まず、初めてハワイに上陸したとされるポリネシア人が来た時点で、敵を知らず、飛ぶこともやめてしまった鳥たちは、食糧や装飾品のために多くが狩られてしまいました。

その後、西洋人がハワイに来るようになってからはさらに事態が悪化します。ポリネシア人も動物や病原菌を持ち込みはしたものの、西洋人が持ち込んだ量はその比ではなく、多くの固有種が影響を受けました。影響を受けたのは元々住んでいたポリネシア人も例外ではなく、一時期は人口が10分の1にまで減ったとも言われています。

ハワイの固有種は外敵を知らないため、捕食されやすいのはもちろん、競争力も弱いため外来種に簡単に住処を追われてしまいます。またハワイには植物の固有種も多く、その植物も外来種によって数を減らしています。そして、ハワイには共生関係にある動植物も多いため、連鎖的に影響を受け、より絶滅に近づいていってしまっています。現在は、行政などの努力で数を増やしている種もありますが、見に行く際も不必要な接触は避けるようにしましょう。

絶滅危惧種が多くいるということはあまり喜ばしいことではありませんが、観光として考えた場合には、それだけ希少な動物が見られるということの裏返しでもありますし、実際に見ることによって深まる理解もありますので、是非ハワイに動物を見に行っていただければと思います。

 

 

ハワイには島ごとに様々な歴史や見所があり、全く異なる魅力を持っています。モロカイ島は開発が遅れている分自然にあふれ、「何もない」ことが大きな魅力とも言われています。具体的にはどのようなことなのか、モロカイ島の見どころを紹介します。

 

自然に溢れるモロカイ島


●モロカイ島とは

ハワイのモロカイ島は、オアフ島から40㎞、マウイ島から13km離れている東西に細長い島です。北東の海岸に高さ1,100~1,200mの世界最大の崖がそそり立ち、南側の沖にはハワイ最長のサンゴ礁が約45kmにわたり広がっています。

モロカイ島北部の素晴らしい景観が望めるカラウパパ国立歴史公園は、昔ハンセン病患者を隔離していた場所で、モロカイ島で一番人を惹き付けます。モロカイ島は、フラが誕生した島で、白浜がきれいなハワイ最大のビーチ、パポハク・ビーチでは毎年フラの催しが開かれています。

 

●モロカイ島の地理、気候

モロカイ島は、オアフ島とマウイ島の間にあります。マウイ島から13kmしか離れていないので、マウイ島北西から海越しに眺めます。ハワイでは大きさは5番目の島ですが、全長は61km、幅は最長でも16kmに過ぎません。モロカイ島は、年中気候は安定していて心地良く過ごせます。島の西部はからっとしていますが、東部の山なみは雨が多く降ります。

 

モロカイ島への旅のポイント


モロカイ島には、島の中心部にモロカイ空港があります。ただ日本からの直行便はありません。オアフ島のホノルル国際空港から約30分で到着します。フライトを就航しているのは、ハワイアン航空、アイランドエアーです。

また、モロカイ島のカウナカカイ港とマウイ島ラハイナ港を結ぶフェリーが就航しています。所要時間は約2時間です。

モロカイ島には公共交通機関がなく、タクシーも少ないので、レンタカーがないと困ります。カマコウ山の斜面に広がる自然保護地区や高地へ行くには、4WDの車が欠かせません。レンタカーの営業所は空港にあります。

旅のポイントとして、島巡りの拠点となるのは港町カウナカカイです。マウイ島に宿泊して、日帰りでモロカイ島を観光するのも推奨します。12月から5月にはホエール・ウォッチングも楽しめます。

 

モロカイ島の観光スポットは多い


●モロカイ島各地域の観光のポイント

モロカイ島の北部、海に面した断崖はその高さは世界一とされています。パラアウ州立公園から、ハイキング・トレイルを歩くと雄大な眺めが楽しめます。モロカイ島の南部、アメリカ最大の岩礁の美しさを楽しめます。海の交通量が他の島より飛び抜けて少ないので、サンゴ礁の美しさは抜きん出ています。海が穏やかなので、カヤックをするには打ってつけです。

モロカイ島の東部には、ハラヴァ渓谷があります。渓谷内の自然を満喫するには、専門のガイドが不可欠です。ガイドと歩ける初心者向けのハイキング・トレイルが用意されています。モロカイ島の西部、パポハク・ビーチのサンセットを見るのも至福のひと時です。聞こえるのは波の音だけという静かな海岸です。

 

●モロカイ島は見所が多い

カラウパパ国立歴史公園は、以前ハンセン病患者を隔離した場所として知られています。また、ハワイ唯一のプルメリア・ファームがモロカイ島にあります。島の中央部にあるモロカイ・プルメリアでは、予約が要りますがレイの作り方を教えてくれます。

また港町カウナカカイは、モロカイ島で1つだけの信号機のある町です。島の中心地となります。カウナカカイは、町ができてからほとんど変化していないレトロ・タウンです。

また、島でただ1軒のベーカリー、カネミツ・ベーカリーのホットブレッドと呼ばれる焼きたてのパンが島の名物になっています。また、オーガニック・ファームであるクム・ファームでは、果物、野菜の直販、料理教室を行っています。また、島独自のイベントとして、カヌー・レースとフラの発祥を祝う催しがあります。

 

モロカイ島の楽しみ方


●手つかずの自然、景観

モロカイ島の見所は、昔からの自然の文化や手つかずの自然が多く残っていることです。ハラヴァ渓谷は、熱帯の魅了される花々と目を丸くするような景観で有名です。トレイルの到達点からは、高低差76mのモオウラ滝が見えて、昼食をしながら休憩するには持ってこいの場所です。ハイキングは私有地を通り過ぎるので、ガイド付きが条件となります。

また、カラウパパ国立歴史公園では、自然保護と教育活動を展開しています。ミュール(馬とロバを交配した動物)に乗って、カラウパパ半島を下ることができます。カラウパパの歴史や、ここでハンセン病患者の世話に取り組んだ神父の話を聞けます。

 

●海で楽しもう

カウナカカイはモロカイ島最大の港町で、フィッシング、シュノーケリング、ホエール・ウォッチングのチャーターボートが停泊しています。昔ながらの店が並び、昔懐かしいハワイを連想させます。

また、パポハク・ビーチはハワイで最大の白砂ビーチのひとつです。日光浴、ピクニック、キャンプにも打ってつけです。また、ホエール・ウォッチングは、世界で最も素晴らしいとされています。モロカイ島の南海岸は、穏やかで水が澄んでいて観るには最高のスポットです。ホエール・ウォッチングの時期(12月から5月)は、カウナカカイ港とマウイ島ラハイナ港の間でフェリーが航行しています。

 

 

マウイ島で注目したいのが、昔から続くハワイアン文化に触れられるということです。豊かな自然の中に息づくフラなど、マウイの魅力をご紹介します。

 

多様な文化が混合するハワイアン文化


ハワイアン文化の詳細は、ネイティブ・ハワイアンの風習や文化、キリスト教を基盤にした文化、移民による歴史や文化などから成っています。フラのような独特な文化のほか、神々と自然を崇拝しているネイティブ・ハワイアンには多数の神話や伝説の痕跡が点在しています。

 

【フラの魅力】

フラは詠唱や歌に合わせて踊る独特のダンスです。ハワイの物語や伝統、歴史を身体で表現した文化の一つです。フラはモロカイ島とカウアイ島が発症の地とされ、その魅力溢れる踊りは、米国本土は基より日本にも知れ渡っています。フラには「現代フラ」と「古典フラ」があり、現代フラは西洋音楽を基調に流暢な踊りを表現し、古典フラでは詠唱や打楽器の演奏に合わせて伝統的な衣裳をまとい踊ります。

 

【ハワイアンミュージック】

マウイ島には伝統的かつ現代風にアレンジされたハワイアンミュージックを楽しめるスポットがたくさんあります。カアナパリ・ビーチにあるホエラーズ・ビレッジのレストラン「フラ・グリル」では料理を味わいながらハワイアンミュージックを楽しめる贅沢な空間です。また、フロント・ストリートの「キモズ」や「チーズバーガー・イン・パラダイス」のレストランでもライブが開催されています。

 

美しい景色と情緒豊かな街並み


「渓谷の島」マウイ島には、様々な観光スポットが点在しています。美しく輝くビーチやイアオ渓谷の秘境、ホエールウォッチング、ハレアカラ国立公園から観るサンセット、ラハイナの農場レストランなど見どころが一杯です。

 

【オールラウンド・マウイ】

かつてのハワイ王国の首都ラハイナには、歴史ある街並みと豪華リゾートやモール、カアナパリ・ビーチなど様々な楽しみ方があります。ハレアカラの高地には農場や牧場が広がり、ハレアカラの山頂から見るサンライズ・ビューティーは魅了されます。人口が集中する中央部近郊にあるワイクルの可愛いいお店や歴史的聖地イアオ渓谷など様々なスポットがあります。東部沿岸のハナへと続く曲線街道は有名で、滝や熱帯雨林が広がるなどハワイの雰囲気を楽しめます。マウイ島南部にはラナイ島やカホオラヴェ島があり、美しい砂浜のある、リラックスするには最適な場所です。

 

【マウイの観光スポット】

ハレアカラ国立公園は最も人気のあるスポットで、山頂から見る日の出や満天の星空、絶滅危惧種となった動植物など大自然を満喫できる貴重な場所です。かつてのハワイ王国の首都ラハイナは、国家歴史登録財に指定され、ホエールウォッチングや様々なアクティビティを楽しめる人気スポットです。イアオ渓谷州立公園周辺にはハイキングコースや観光スポットとしても人気があり、「ハワイ自然センター」など家族向けのアクティビティも充実しています。東部海岸沿いにあるハナには、600を超えるカーブのある道があり、熱帯雨林や滝そして雄大な海を見渡せ、州最大の神殿や黒砂や赤砂のビーチなどがある魅力的な町です。

 

マウイのアクティビティを楽しむ


多様な自然環境の中で色々な顔を持つマウイ島では、数多くのランドアクティビティ・プランが揃っています。ハワイアン・カウボーイを気取って乗馬を楽しんだり、ハレアカラ山頂から見るサンセットを堪能したり、ラハイナの町でショッピングやアートギャラリーを散策したり、楽しみ方は多種多様です。また、マウイ島の青い海と美しいビーチでのアクティビティも見逃せません。カアナパリ・ビーチでリラックス気分で時を過ごしたり、モロキ二島でのシュノーケリングやスキューバダイビング、ラハイナ港からのホエールウォッチングなど、数多くのウォーターアクティビティが揃っています。

 

【シュノーケリング】

モロキ二島は上陸は禁止されていますが、その周辺はシュノーケリングの人気スポットとなっています。何種類もの魚やウミガメを見たり、帰りのボートではイルカの群れに遭遇するなど海の大自然を体験できます。

 

【ダイビング】

マウイ島でのダイビングは、オススメのアクティビティです。ファンダイビングではサメの一種であるネムリブカに遭遇したり、ウミガメもあちこちで見られます。また、優雅に泳ぐエイの姿も目撃できます。陸上では体験できないハワイの海の真の美しさを体感できるのがダイビングです。

 

【ホースライディング】

大自然の西マウイの秘境を馬で散策するのがホースライディングです。集合場所のメンデス牧場にはたくさんの動物が飼われています。乗馬初心者でもカウボーイの指導通りにすれば自然と乗れるようになります。広大な牧場と果てしなく広がるコバルトブルーの海を眺めながらの乗馬は最高の気分です。

 

【ハイキング】

マウイ島で人気のアクティビティといえば、アウトドア派としても楽しめるハイキングです。マウイ島のハレアカラ国立公園のハレアカラ火山の上までを歩きながらハワイの広大な自然を堪能し、雲より高い位置からハワイ諸島の絶景を眺めることができます。また、ハレアカラ山頂はパワースポットとしても有名で、毎日多くの人々が訪れる場所です。

 

 

ハワイの島々で最も人口が少ない島がラナイ島です。かつてはパイナップルの産地として栄えたラナイ島ですが、現在はある大富豪の手により、新しい形での発展が進められています。パイナップルの歴史とラナイ島の現在についてお伝えします。

 

ハワイとパイナップル


約1500年前、マルケサス諸島のポリネシア人が、月の明かりだけを頼りにカヌーで3,200km以上を航海して、当時無人島だったハワイ島に到達しました。1810年、ハワイ島ノース・コハラ生まれのカメハメハがハワイ諸島全域を統一し、ハワイ王国が誕生します。その10年後にはプロテスタント宣教師が上陸し、施設を建てて西洋の影響を受け始めます。その後ハワイは船乗り、貿易商、捕鯨漁民の集まる港となり、1898年にはアメリカの属領となります。

20世紀になると、砂糖、パイナップル農園がハワイ経済の主力となり、日本人を初め様々な人種の移民が押し寄せ、ハワイの現在の人口構成を多様なものとしました。特にパイナップル生産は、世界の生産量の80%以上を占めるほどに成長していきました。まさに、主力産業だった時期があったのです。

 

パイナップル島 ラナイ


1901年に、アメリカ合衆国ハワイ領初代知事のサンフォード・ドール氏の親戚でもあったジェームス・ドール氏が、オアフ島で60エーカー(東京ドーム約5個分)の土地にパイナップルを栽培し、「ハワイアン・パイナップル社」を設立。1922年にはラナイ島を購入し、島の6分の1をパイナップル農園にしました。これまでサトウキビ農園や牧場が作られましたがどれもあまり成功しなかったこの島で、パイナップル生産は大成功をおさめます。

当時はパイナップル・アイランドと呼ばれ、ドールのパイナップルは世界的に知られる産物となりました。農場で働く人々の生活の場としてラナイ・シティを作り、訪問する人々のためにラナイ・ロッジを建て、パイナップルの出荷のために港を作った事がラナイ島発展のベースとなりました。

 

ハワイの楽園 ラナイ島


かつてはドール・パイナップルの畑が島の6分の1を占めていたラナイ島ですが、現在も島内にはいくつもの手付かずの大自然が残されており、壮大な風景を楽しめます。中心部のラナイ・シティを除けば島のほとんどが未舗装のままで、舗装道路は40キロメートルしかなく、未開の原野が広がります。

そんなラナイ島の北西部には、4WDでしか行けない秘境エリア「ケアヒアカヴェロ」があります。「ガーデン・オブ・ザ・ゴッド(神々の庭園)」と呼ばれるその場所は、ゴツゴツとしたホーリファ・ロードの終点にある自然石の庭園です。神話として、「カフナ(神宮)たちがどちらが長く火を燃やし続ける事ができるか争ってできた」という伝説が残されています。夕暮れ時には夕日が赤土を照らし、荒涼とした大地が最高に神秘的な姿を見せてくれます。

島の南西のカウノル湾は、かつてカメハメハ大王が別荘を建て釣りを楽しむ夏の静養所だった場所です。ここは大王のお気に入りで、ラナイ島に足繁く通ったという逸話があります。人口約3,200人で、ハワイで最も人口が少なく、最も静かな土地として知られるこの島には、全米ベストビーチに選ばれた白く輝く砂浜と透明度の素晴らしいプロポエ湾があります。ここでは一年中シュノーケリングが楽しめ、イルカが多く見られまるで竜宮城のように美しいこの地はダイビングに最適です。

 

ハワイで結婚式を挙げるならラナイ島で


アメリカのコンデナスト・トラベラー誌で、世界のベスト ホテル トップ5にランクインしたホテルがラナイ島には2つあります。

全米ベストビーチに選ばれたプロポエ湾に面する赤い溶岩でできた崖の上に建ち、すばらしい絶景を堪能できる「フォーシーズンズ・リゾート・ラナイ・アット・マネレベイ」と、ラナイハレ山の標高480メートルに建つ英国スタイルの高原ホテル「フォーシーズンズ・ラナイ・ザ・ロッジ・アット・コエレ」です。

フォーシーズンズ・リゾート・ラナイ・アット・マネレベイでは、かのビル・ゲイツ氏がホテルを貸切り、結婚式を挙げています。高原側のコエレでは小栗旬さんと山田優さんが挙式しています。フォーシーズンズホテルは、徹底したサービスに圧巻のおもてなしの心で何日でも居たくなり、帰りたくなくなる事うけあいです。

 

未来に向けた最先端の理想郷


2012年6月に、マイクロソフトに次ぐ世界2位のソフトウェア会社、「オラクル(Oracle Corporation)」の最高経営責任者(CEO)のラリー・エルソン氏が、アメリカ人実業家デービット・マードック氏から3億ドルで購入しました。

ラリー・エルソン氏といえば、カリスマ、スティーブ・ジョブズ氏の親友で、2017年世界の億万長者ランキング7位の大富豪です。エルソン氏はCNBCのインタビューで、ラナイ島を環境的に維持可能な事業のモデルケースにしたいと語っています。海水を淡水化し、細流かんがいを作り、島全体に有機農業を広げ、上質のグルメ向きマンゴーやパイナップルを日本をはじめアジアや全米に輸出し、香水用の花の栽培や有機栽培のワイン醸造所の計画を立てています。また、太陽エネルギーの導入や電気自動車を増やしたり、実際にアメリカンズカップで使われた豪華ヨット8台をチャーター用に導入する計画もあります。更に敷地面積524エーカー(東京ドーム約47個分)の大学建設計画も発表されており、世界でも類のない革新的で最先端の環境モデル、社会モデルが着々と進められています。

 

 

カウアイ島はかつて製糖業で栄えた島で、日本などからの移民との関係が深いことで知られています。現在は観光業に力を入れており、オールド・コロア・タウンは1950年代の古きよきハワイに触れられる街として有名です。

 

歴史が感じられるハワイの町並みが魅力


ハワイ諸島の最北端に位置するカウアイ島は、ハワイの島々の中でもっとも古くに形成された島と言われており、美しい大自然が残っている島です。そのため、シュノーケリングやハイキング、カヤックなどのアクティビティを楽しめる絶景スポットが豊富な島としても有名です。

そんなカウアイ島には、1950年代の古きよき時代のアメリカンスタイルの街並みを散策できるオールド・コロア・タウンという地域があります。カウアイ島の玄関口である、リフェ空港から車で西にあるカウムアリイ・ハイウェイを走り、マヌヒア・ロードで左折、ユーカリの並木が続く、ツリートンネルと言われる道を抜けると、オールド・コロア・タウンの町並みが現れます。オールド・コロアのお店は、ほとんどがメインストリートのコロアロードに面しており、ノスタルジックな雰囲気を漂わせるお店が200メートルほど立ち並んでいます。昔のアメリカンスタイルの木造建築の中に店舗が軒を並べているような造りになっていて、そこに、ブティックやレストラン、カフェ、雑貨店やサーフショップ、日系人スーパーやアイランドソープの店舗などが営業しています。

オールド・コロアは、1830年代からさとうきび産業で栄えた古い歴史のある街です。そのせいか、1980年代まで古い小さな建物が多い印象でした。しかし、1982年にカウアイ島を襲ったハリケーン・イワによってオールド・コロアの古い町並みが被害を受けたことをきっかけに、1950年代の古き良き時代の街並みを蘇らせて街を復興させたのが、現在のオールド・コロナ・タウンの街並みとなっています。カウアイ島で、のんびりとショッピングや散策をするなら、オールド・コロアは最適な街です。

 

ハワイで初めてさとうきび産業が成功した街


オールド・コロアは、さとうきび・プランテーションをハワイで始めて行い、一時代を築いた歴史のある街でもあります。さとうきび・プランテーションでは、ハワイの現地人以外に、日本人や中国人、フィリピン人、韓国人、ポルトガル人、プエルトリコ人の7カ国の人種が働いていました。この7カ国の人種によって、現在のハワイの文化形成が作られたという説もあり、サトウキビ・プランテーションはハワイの移民の歴史が始まるきっかけともなりました。

 

史跡を訪ねるなら


オールド・コロアの中心にある広場には、当時の砂糖工場のレンガの煙突が立ち、その近くには、砂糖産業を支えた7人種が彫刻されたモニュメントも建てられています。広場には、数台のフードトラックが営業していますので、軽い食事をしながらのんびり過ごすこともできます。

 

オールド・コロア・シュガー・ミル


当時の砂糖工場を実際に見たい場合は、オールド・コロア・シュガー・ミル(マクブライド社の砂糖工場)を訪ねて見ると良いでしょう。1996年に操業停止になっているため、中に入って見学することはできませんが、当時の砂糖きび工場の様相を眺めることはできます。

 

コロア・ヒストリー・センター


プランテーション事業の歴史を詳しく知りたいという方は、広場のすぐ近くにある、コロア・ヒストリー・センターがおすすめです。無料で入れるヒストリーセンターには、プランテーション事業に関わった移民たちの生活や農機具などが紹介されています。日本から移民した方々の写真や利用していたお風呂や床屋の椅子なども展示されていますので、日系移民が当時、どのような生活をしていたのかも知ることができます。

 

コロア地区


カウアイ島は、ノースショア、イーストサイド、リフェ、サウスショア、ウエストサイドというエリアに分かれています。その中で、オールド・コロアはサウスショアのエリアにある街になります。オールド・コロアは、ハワイで始めてさとうきび産業で成功した街として有名ですが、ハワイの中で人気の高いリゾート地、ポイプも住所はコロア地区になります。ポイプは、高級ホテルやコンドミニアムが建ち並ぶリゾート地となっており、アメリカでベストビーチに選出されたこともある、透明度の高いビーチが有名です。シュノーケリングを楽しむ方や、ビーチでのんびり過ごす観光客や地元客で賑わっている人気のビーチとなっています。ビーチの近くには、最大で10m以上の高さの潮が吹き上がる潮吹き岩もあります。波の強弱によって吹き上がる高さも変わってきますので、波のうねりが強い冬がおすすめシーズンです。

 

コロア・ヘリテッジ・トレイル


コロア地区をもっと詳しく知りたいという方は、コロア・ヘリテッジ・トレイルのトレイルコースをまわってみてはいかがでしょうか。コロア・ヘリテッジ・トレイルでは、オールド・コロア・タウンから現代的なリゾート地のポイプまでの歴史や文化、地質学上重要な史跡や名所を巡るトレイルコースになっています。まわるコースは、スパウティング・ホーン・ビーチ・パークや、プリンス・クヒオ・バースプレイス・パーク、ポイプ・ビーチ・パーク、モア・ガーデン、キハホウナ・ヘイアウなど14ヵ所となっています。また、毎年7月になると、コロアやポイプでプランテーション事業の歴史を祝うために行われてきたコロア・プランテーション・デイズというイベントが開催されます。期間中は、史跡巡りやハイキング、フラ、ロデオ、ルアウショー、映画上映などが行われます。歴史探訪とアクティビティが楽しめるこの時期にオールド・コロアを訪れてみることもおすすめです。

 

 

最近日本食がブームになるなど、日本の文化が世界各国で注目されていますが、ハワイは日系人が多いこともあり、日本庭園や盆踊りなど、ずっと前から日本文化が広く根付いています。言語や風景、風習などに隠れる日本のエッセンスをご紹介します。

 

ハワイに巨大な日本庭園がある理由


ハワイに行ったら、最大の島であるハワイ島に行ってみる人は多いでしょう。ワイキキビーチがあるオアフ島とは別の島ですが、ハワイ火山国立公園などがあり、ホノルルとはまた違った楽しみ方が出来る場所です。

そんなハワイ島を日本の人が情報を持たずに観光していると、ハワイ島で最大の都市圏であるヒロ市に来たときに驚く人が少なく有りません。そこには立派な日本庭園があるからです。ハワイ王国最後の女王であるリリウオカラニ女王にちなんだ名前を持つリリウオカラニ公園には、東京ドームよりも広い大きな日本庭園が整備されています。

海外には何らかの記念などで造られた日本庭園がいくつかありますが、それらの中でも最大級のものです。それも池や石灯籠だけではなく、仏塔や石庭が整備され、茶室や鳥居まであるバラエティ豊かな内容になっています。100年ほどの歴史を持つ庭園であり、今も多くの人から親しまれています。

この庭園はサトウキビ農園で働いていた、初期の日本人労働者たちを記念する目的で造られました。ハワイは19世紀から、日本人を移民として受けいれてきた歴史を持っています。その数はかなりのもので、ある一定の時期まで日系人はハワイにおける最大の民族グループであった事があり、日系人が減った今日でも第1位のフィリピン系に続くほどです。

そんなハワイであるだけに、日本に縁があるのはリリウオカラニ公園の庭園だけではありません。ハワイの各所に日本や日本人の影響は点在し、息づいています。そんなハワイの一部となっている日本文化を紹介します。

 

ハワイの言語にまで日本の影響が


ハワイにおける日本文化の影響は広汎に渡ります。日本にルーツがありながら現地化して愛され続けている料理や食材の数々や、アロハシャツなどの衣服といったものは、間違いなくハワイの文化の一翼です。

今でこそ寿司が国際的な料理になったり、日本発のレストランチェーンやアパレルブランドが海外に出店したりするなど、日本文化が海外で受け入れられる事は珍しくないかもしれません。しかし完全に現地に溶け込むほど昔から日本由来の文化が存在したのは、明治の頃から多くの日本人を受け入れてきたハワイのような土地ならではでしょう。

さらに日本人が現地で生活し、代を重ねて溶け込んだ結果、食べ物や着る物に留まらない風習も脈々と受け継がれています。例えば言語です。現在のハワイはアメリカ合衆国の州であり、公用語は王国時代以前からのハワイ語と英語が使われています。しかしハワイの方言であるハワイアン・ピジン・イングリッシュには、日本語から来たといわれている言葉がいくつか存在するのです。

例えば「Skosh」は「少し」が元になった言葉と言われており、意味もそのまま「少し」です。「Habut」、「Habuteru」という言葉もあり、これは「不機嫌になる」、「ふてくされる」などの意味があります。これは元は広島県や山口県、北九州などで使用されている方言が元です。他にもスラングになっている日本語も数多くあります。

 

日本人と共に海を渡った風習と宗教


文化の影響について語るとき、外せないのが宗教による影響です。多くの日本人が移り住んで影響を与えたハワイの社会も、その例外ではありませんでした。19世紀末から20世紀の初めごろにかけて、日本の仏教や神道の様々な門派がハワイに渡っています。そのためかハワイにおいて、仏教は全体の1割近い人口から信仰を得るまでにいたり、神道も現地の宗教として一部に根付くまでになりました。

仏教に関しては日本以外の国から来た移民による信仰の影響も大きいですし、現在は日系人のキリスト教化も進んでいますが、それでも日本文化からの影響は間違いなくあるでしょう。

そんなハワイには神道や仏教にちなむ施設が少なくありません。例えば神道の神社は、日本の島根県にある出雲大社の分社であるハワイ出雲大社や、祭神の数が多い事で知られるハワイ金刀比羅神社・太宰府天満宮、ハワイ石鎚神社などが有名であり、年末年始は初詣の参拝客もやってきます。仏教のお寺もかなりの数が点在しており、浄土真宗や曹洞宗など宗派も豊富にそろっています。

これらの多種多様な寺社ではイベントも頻繁に行われています。神社では例祭でおみこしが出る事も多いですし、寺院では盆踊りが盛んです。特に盆踊りは「Bon dance」とも称され、日系人を主たる母体として盛んに催されています。昔ながらの炭坑節などが今でも盛んに踊られており、懐かしく感じる人も少なくないそうです。

ハワイには日本の言語や宗教、風習などが力強く息づいています。日本ではなかなか体験できない物があふれるハワイですが、もしかしたら人によっては、どこか懐かしい温かみさえ感じるでしょう。ハワイに訪れたら、ちょっとした言語や風景、風習などに隠れる日本のエッセンスを探してみることをおすすめします。より深くハワイを楽しむ手助けとなるはずです。

 

 

ハワイには日系人がたくさんいます。そして、多くの日本人観光客がハワイを訪れています。日本とハワイの関係は深いものですが、その歴史をひもとくと、日系移民のたどった数々の困難な歴史が見えてきます。

 

1865年から日本人の需要の声が高まる


日本人に海外旅行で人気の高いハワイですが、ハワイには多くの日系人が今もなお住んでいます。ハワイにはなぜ日系人が多いのでしょうか。

ハワイに初めて降り立った日本人の記録は、富山の運搬船・長者丸の次郎吉という人物の記録です。船が難破し、アメリカの捕鯨船に助けてもらったのが1839年になります。同じく遭難したところを捕鯨船に助けられ、その後アメリカへ渡り様々な学問を学んだジョン万次郎より、2年早くハワイの地を踏んでいます。

次郎吉は約1年間ハワイに滞在後、鎖国している日本にシベリア・アラスカを経由して帰国しています。その後は5年ほど幕府に監禁され、海外事情を聞かれたりしたそうです。

その頃ハワイでは、835年に西欧人によるさとうきび栽培が始まり、砂糖産業が盛んになっていきます。1848年にはハワイ王朝が外国人の土地私有を認めるようになり、ハワイの人の生活に必要な分だけ作られてきたさとうきび栽培が、西欧人による大規模なプランテーション化へと進化を遂げ、一大産業へと急成長していきます。

やがてハワイ王国内での現地人のみでは労働力の確保ができなくなり、移民を受け付けるようになりました。1850年に初の労働移民を中国から招き入れ、1852年には官約移民制度が導入され、ハワイ政府公認の移民制度が本格的に始まりました。しかし、中国人は農園仕事の定着率が悪く、商売を始めるものなどが増えていき、出稼ぎ人からハワイやアメリカ本土への移民へと変わっていきました。足りなくなった労働力は1865年頃から中国人から日本人にシフトしようという声がハワイ政府の中で起きていきました。ハワイにおける日本人の歴史はそこから始まろうとしていたのです。

 

1868年に150名の労働移民がハワイへ


1860年に、徳川政府が派遣した遣米使節団を乗せたアメリカ海軍軍艦ポウハタン号が往路、その護衛船だった日本船籍の咸臨丸がサンフランシスコからの帰路にハワイに立ち寄り、石炭と水の補給を行いました。その際にカメハメハ四世とエマ王妃にお目見えし、日本からの移民を正式に要請しました。

1868年に元年者といわれる150名の労働移民がイギリス船籍サイオト号に乗り、ハワイへと到着しました。幕末の時代でしたし、農業未経験の職人や失職している武士が多かったため、農園仕事が合わず、40名が日本に戻っています。

3年間の就労を無事終え、残っていた110名のうち帰国した人数が11名、ハワイに残った人数が40名強、賃金の高いアメリカ本土へ移っていった人数が約半数となってしまいました。その後、明治政府はハワイへの移民に慎重となり、その間はポルトガルやドイツ、ノルウェーからの移民がハワイに入ってきました。

1881年にカラカウア王が東京に来日し、明治天皇に謁見した際に移民を要請しました。1885年に明治政府が正式に官約移民を認め、1893年のハワイ王国が終焉するまでに約2万9千人もの日本人がハワイへ移住していきました。

官約移民が廃止されて、1894年からは民間による移民斡旋業者が30社以上設立され、1907年までの間に約7万1千人を移民させています。

1908年、日米紳士協約により新たに日本人移民がアメリカ合衆国への入国禁止となりましたが、一時帰国の再渡航者や現地移住者の親族などは入国することができたため、1924年までの間では呼び寄せる形としての移民となり、約6万1千人が移住しています。この呼び寄せ移民は、現地の独身男性の写真を日本に持ち帰り、お見合いを計画実現させ、花嫁となる人がハワイへ移民するケースが多くありました。

1920年には移住者の子どもたちも増え、ハワイ人口全体の約42.7%が日系人の占める割合となるまでになっていきます。

 

結果的に日系移民は受け入れられた


その後戦争が始まると、アメリカ本土にいた日系人は強制収容所へと送り込まれます。日本への忠誠心が強いと思われる人物、そして影響力があると見なされた人物以外は、今までと同様に社会で生活することが許されました。収容された人のほとんどは日系1世の人です。戦時中においては、日系2世の代となっていきました。アメリカで生まれ、普通に英語で授業を受けたり、アメリカ社会に馴染んでいたため、アメリカへの母国意識を強く持っていました。そのためアメリカ本土と比較しても、日系人兵士として志願する方がハワイでは多かったことは事実です。

このような歴史から、ハワイでの日系移民たちはハワイの人に受け入られ、ハワイのあちらこちらには現在も日本文化が残っています。ハワイには100箇所以上の現存している寺院があり、ホノルルのハワイ出雲大社は有名です。ハワイ金刀比羅神社とハワイ太宰府天満宮は同じ敷地に隣同士に建っている神社です。こちらは有名な観光スポットとなっています。その他、高知城を小さくしたマキキ聖城キリスト教会などがあり、移住者の心に安らぎを与えています。その他にも、盆踊りならぬ盆ダンス、スパムおにぎりやシェイブアイス(かき氷)、銭湯など日本文化が鮮やかに溶け込んでいる風景がハワイには多く、見られます。

 

 

ハワイ諸島の最高峰・マウナケア山は、穏やかな天候と澄んだ空気のため、天体観測には最高の場所と言われています。日本の国立天文台ハワイ観測所すばる望遠鏡もここにあります。きわめて美しいマウナケア山で見られる星空の魅力を紹介します。

 

マウナケア山とは


マウナケア山とは、ハワイ島にある標高4,205mの火山です。ハワイ島を構成する5つの火山の中で最も高く、冬になると山頂に雪が積もることから、“白い山”という意味のマウナケアと呼ばれています。

マウナケア山は世界的に見ても天体観測に適した土地で、世界各国の研究機関が建て、13基の天文台で構成されるマウナケア天文台群があり、日本のすばる望遠鏡もここにあります。

しかし、マウナケア山は先住民にとって神聖な土地でもあり、また、マウナケア山には固有の動植物が存在することもあり、マウナケア山の開発に対して先住民や環境団体から抗議が起こりました。その際の取り決め以降、13基以上の天文台を建設しないこととなり、新たな天文台を建てるには今ある天文台を取り壊すか、新しく了承を得る他ないのが現状となっています。

星が綺麗に見えるため、学術的な意義だけでなく観光地としても人気のスポットとなっています。

 

 

マウナケア山が天体観測に適している理由


天体観測に適した土地の条件は、

1.天気がいいこと

2.大気が安定していること

3.大気中の水分が少ないこと

4.夜空が暗いこと

などがあります。

これをマウナケア山に当てはめて考えてみると、まず天気のよさは、年間300日以上が晴れという脅威の晴天率を誇ります。標高が高いため大気も安定しており、大気中の水分も少なく、おまけに綺麗です。夜空の暗さに関しても、ハワイ島には大きな町はなく人口の光が少ないため夜空が暗いという、ほぼ完璧といえる条件が揃っています。

加えてハワイ島は低緯度にあるため、南天の星も北天の星も幅広く見ることが出来ます。

ただ単純に星を見るだけであれば、これだけでも十分なのですが、天文台を建てるとなったときに便利な点がもう1つあります。それは、マウナケア山の形状です。マウナケア山の溶岩は粘り気が少なく流れやすいため、楯状火山と呼ばれる、傾斜がゆるく裾の広がった火山になります。この傾斜の緩い楯状火山であることが物資運搬を楽にしており、天文台を建てる立地としての良さを後押ししています。ちなみにマウナケア山は、世界の楯状火山の中で一番高い楯状火山でもあります。

そんな高い山に観光で登るのはちょっと…という方もいらっしゃるかとは思いますが、物資の運搬が楽であるということは、人も簡単に運べるということで、マウナケア山は富士山より標高が高いにも関わらず、頂上までの車道が通っているため心配要りません。

 

 

すばる望遠鏡について


日本からマウナケア山に星を見に行くのなら、すばる望遠鏡の存在を外すことは出来ません。

すばる望遠鏡は日本が作った大型光学赤外線望遠鏡です。すばる最大の売りは、有効口径8.2mという世界最大の単一鏡です。本来、これほどの大きな単一鏡を作ろうと思うと、鏡そのものの重さで鏡が歪んでしまい、使い物になりません。そこですばる望遠鏡では、鏡を薄くすることで重さを減らしつつ、薄くすることで生じるたわみを261本のアクチュエーターで下から支えるという方法で解消しています。しかもすばるに使われているものは、ただ大きいだけではなく大変滑らかで美しく、その鏡面制度はなんと0.012ミクロンです。鏡の状態もコンピューター制御により常に最適な状態になるようにしてあります。

夜間は関係者以外立ち入ることが出来ませんが、日中であれば事前に申し込むことによって、すばる望遠鏡の内部を見学することも出来ますので、星を見る前にすばる望遠鏡を見ることもおすすめします。

 

 

マウナケア山から見える星々


日本人に馴染みのある星々で、マウナケア山からよく見えるものといえば一番は天の川です。文字通り、天に流れる星の川と言うにふさわしい景色を見ることが出来ます。

それ以外で、日本で有名な星や星座を見つけるのは難しいかもしれません。なぜなら、日本ではあまり星が見えないので、特に目立つ星がよく見えますが、マウナケア山では見える星が多すぎて、素人では探し出すことが大変困難です。ですが、それほどの満天の星空となっています。

そんな素晴らしい星空を見るときの注意点なのですが、目を慣らすために30分以上、明るい光を見ないことです。目が暗いところに慣れていなければ、せっかくの星空も見ることが出来ません。また、月の満ち欠けの状態にも注意しなければいけません。月の明かりに邪魔されずに星を見るのであれば、新月の頃が狙い目となっています。

しかし、満月のときは満月のときで面白い物を見ることができます。それは、眩しいほどに輝く月です。日本にいてもあれだけ明るく見える月ですが、マウナケア山で見る満月は直視していられないほど明るく見えます。

素晴らしい星空だけでなく素晴らしい月を見ることも出来るマウナケア山。どちらも一度に堪能することは難しいので、是非、何度も足を運んでいただければと思います。

 

 

自然の宝庫、カウアイ島は、『ジェラシック・パーク』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『インディ・ジョーンズ』など様々な映画が撮影されたところです。見どころはたくさんありますが、なかでも迫力満点でおすすめなのが、ヘリコプターで行くツアーです。

 

ヘリコプターでしか降りられない滝


別名“ガーデンアイランド”と呼ばれるハワイ諸島最後の島がカウアイ島です。カウアイ島は、映画『ジュラシック・パーク』や、ディズニー映画『リロ&スティッチ』の舞台として知られています。緑あふれる山々、間を流れる川や滝、熱帯雨林など美しい自然あふれるこの島には、人の手が加えられていない、空や海からしか眺められない場所も多くあります。

そんなカウアイ島を上空から一気に眺める方法として、アイランド・ヘリコプターズのジュラシック・フォールズ・ツアーがあります。このツアーでは唯一、ジュラシック・フォールズとして知られるマナワイオプナ滝にヘリコプターで着陸することができます。名前の通り、1993年公開の映画『ジュラシック・パーク』でグラント博士たちを乗せたヘリコプターが着陸した滝です。カウアイ島内のリフエ空港に隣接するヘリポートを出発し、ジュラシック・フォールズ近くに着陸して、歩いて滝の目の前へ行きます。その後、再びヘリコプターで島を回り、ヘリポートに戻ってくる約1時間20分のツアーです。

ハワイと言えば海ですが、飛び立つとすぐに美しい山々が現れます。パイロットがマイクを通して島の成り立ちや渓谷の名前などを英語で解説します。壮大な渓谷や赤土と緑の調和がまさに絶景です。全米で歴史的な大ヒットを記録した『ジュラシック・ワールド』でもカウアイ島は撮影に使われています。出発から10分経つと、目的地のマナワイオプナ滝が遠目に見えます。山々の間から滝が現れる瞬間に、クライマックスを迎えるという演出もあります。長さ85メートルの滝にここまで近づけるのはこのツアーの特権です。ツアーの帰りは海岸沿いを飛び、青く美しい海を見下ろせます。

 

カウアイ島の歴史が産み出した地形


約510万年前、現在のハワイ諸島の海域に最初の島としてカウアイ島ができました。火山活動でできた島々は、ベルトコンベアーのようにプレートに乗ったまま北西方向へゆっくり移動したため、最古のカウアイ島は北西の端にあります。ガーデンアイランドというニックネームのカウアイ島は、変化に富んだ地形が揃っています。荒々しい岩肌の渓谷や光あふれる美しい浜辺、しっとりとした緑の森や水量豊富な滝、そして雄大な川といった目にする光景、どれも命の輝きを表しています。

人の手が入っていない雄大な自然のカウアイ島は、数々の映画のロケ地となっています。『ジュラシック・パーク』や『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』、『インディ・ジョーンズ レイダース 失われたアーク《聖櫃》』や『ファミリー・ツリー』など、有名な作品でカウアイ島が出てきます。映画のロケ地の地図には46カ所に印がついていますが、実際はそれ以上あります。

カウアイ島は、東西南北で雰囲気がとても変わります。強烈な印象を受けるのが、島の北西側のナ・パリ・コーストです。切り取った断崖を彫刻刀で削った跡のように風雨が浸食し、無数の切れ込みが刻まれています。緑の山肌には滝が白糸のように流れます。この地域だけで滝が100以上あります。ナ・パリ・コーストは、スノーケリングも楽しめるボートのツアーや、8時間かけて滝へ向かうトレッキングがありますが、おすすめはヘリコプターツアーです。空から見下ろすと、壮大さが違います。映画『ジュラシック・パーク』で博士がヘリコプターでパークへ向かう場面のような迫力があります。

 

ジュラシックな景色が見られる場所


映画監督スティーブン・スピルバーグは大ヒット映画『ジュラシック・パーク』で、恐竜に命を吹き込みました。恐竜は鬱蒼な熱帯雨林をかきわけ、広大な谷を駆け回り、見る人を魅了しています。映画に出てくる架空のイスラ・ヌブラル・リゾートは、コスタリカの沖合の島にあります。俳優のクリス・ブラットは脱走した恐竜からこの島を守ります。しかし圧倒的な風景は、実際はハワイ諸島のものを使っています。

岩の崖や洞穴、秘密の浜辺や青い海のあるナ・パリ・コーストは、カウアイ島の北西岸を訪れる人々を魅了します。初めてイスラヌブラル島に降り立った人々にとっても印象に残る景色です。カウアイ島を代表する美しい海岸線は、『ジュラシック・パーク』と『ジュラシック・ワールド』両方の舞台です。上空からは遊覧飛行ツアーで、地上から約18キロメートルのカララウトレイルをハイキングすると、同じ景色を見られます。トレイルの起点はリゾートタウンやプリンスヴィルの西約17キロメートルの所にあるケエビーチです。

カウアイ島の北岸であるプリンスヴィルの東約16キロメートルのところにあるジュラシック・カヒリ・ランチは、その後の『ジュラシック・パーク』シリーズのいくつかの映画に出てきます。第1作では、登場人物が、池に集結した巨大なプラキオサウルスとパラサウロロフスの群れに怯えています。そのとき、1頭のプラキオサウルスが二足で立ち上がり、10平方キロメートルを超えるなだらかにうねる緑を抱える牧場で、木の葉に前足を伸ばす場面があります。しかし現在、恐竜はいません。いるのは200頭以上の畜牛だけです。島の牧草飼育牛の供給元です。

 

 

創業して60年以上もたつ「イオラニ」は、ハワイの自然を背景としたデザインが人気です。日系人による創業以来の会社の歴史と、ブランドの魅力を紹介します。

 

イオラニ宮殿


ハワイには一つだけ宮殿があります。ハワイ王国第7代目の王であるカラカウア王が、1882年に建設したイオラニ宮殿です。王の妹のリリウオカラニ女王が即位しましたが、1893年に王位が剥奪され、王国は崩壊します。

イオラニ宮殿は地上2階、地下1階の造りで、電球や電話機、水洗トイレなど、作られた当時としては最新の設備を備え、また内部には贅沢を尽くした美しい装飾が施されています。

やがて、ハワイ諸島はアメリカ合衆国の50番目の州に併合されますが、その後イオラニ宮殿は、1968年まで議事堂として使われており、現在では一般に公開されています。イオラニ宮殿は政治の場であると共に外交の場でもあり、華やかな舞踏会も行われていました。詳しい説明を受けながら見学できるので、ハワイの歴史に触れることができます。

ケイジ・カワカミは、福岡を故郷に持つ日系2世です。第2次世界大戦当時、ヨーロッパ戦線で活躍した第442連隊戦闘団に所属していました。その後ニューヨーク大で学びます。卒業後は故郷のハワイに戻り、改めてハワイの自然の美しさに心を打たれます。

広島を故郷に持つ妻のエディスと一緒に、ハワイの持つ美しさをスタイルとファッションを通じて発信したいと考え、1953年にアパレルブランドを立ち上げます。二人が開いた小さな工房がイオラニ宮殿の近くであったために、ハワイ王朝の歴史に敬意を表してブランド名を「イオラニ」と名付けました。

現在は2代目、3代目のカワカミ・ファミリーが経営しています。今も、創業当時と変わらぬスタイルを大切に受け継いでいます。

 

日系移民が作ったアロハシャツ


ケイジ・カワカミの親の世代は日本から移民して、慣れない土地で多くの困難に遭遇し、経済的にも困窮することが多くありました。誠実さと勤勉さを兼ね備えていた日系移民は、ハワイで地道に努力を重ねていきます。やがてハワイの経済を支えるほどの経済的基盤を築き上げていきます。

アロハシャツは、日本人移民がハワイの気候に合うように着物を元に作ったのが始まりといわれています。今ではハワイと言えばアロハシャツと言われるほど、広く愛されるものになりました。イオラニは、日本の壁縮緬で男性用のアロハシャツを作りました。この色鮮やかな日本伝統の柄の壁縮緬は、イオラニの名前を有名にしました。

イオラニは創業60周年を迎え、ハワイで最も長い歴史を持つ老舗のアパレルブランドになりました。イオラニの魅力は美しいテキスタイルで、ハワイの自然をモチーフにしています。アロハシャツやドレス、スポーツウエア、フラダンスの衣装も豊富に揃っています。

ドレスはムームーっぽい感じではなく、洗練されたデザインです。細やかなディテールにこだわって作られているので、女性の身体のラインを美しく見せてくれます。サイズも日本のXSサイズからあるので、小柄な日本人女性にもぴったり合う服が見つけられます。

アロハシャツは、男女ペアで着られるデザインのものもあります。子供用のウエアもあり、ハローキティとコラボしたバッグやアクセサリーもあります。2014年にはユニクロとコラボした「イオラニ・ハワイアン・クラシック」も話題を呼びました。

 

日本とハワイの架け橋に


アラモアナセンターから歩いて3分のところに、旗艦店の「イオラニ・オン・コナ・ストリート」があります。ここには、レディス・メンズのアロハシャツやドレス、バッグ、アクセサリーまで揃っていますので、気になっていたドレスに出会える確率が高くなります。ショップには工場も併設されています。

イオラニのプリント生地のデザイナーは、ハワイの他にフランスやアメリカ本土、日本など世界各地にいます。多くのデザインの中から優れたものだけを採用し、色やアレンジなどの工程を経て、6ヶ月をかけて生地になります。基本的に1つのデザインの生地を作るのは1回だけなので、後で買おうと思っても手に入らないことになります。気に入ったデザインのものがあれば、購入しておくことをおすすめします。

カワカミ・ファミリーは音楽好きで、個々に音楽活動をしていましたが、2005年に親子3人でバンドを結成します。父親のDad(ロイド)、長男のNick、次男のAlexの頭文字を取った「DNA」と、ハワイオアフ島のマノアに住んでいることから「マノアDNA」と名付けました。

彼らの音楽はウクレレとギター、美しいハーモニーが特徴です。マノアDNA はハワイを始め、アメリカ本土や太平洋地域で広く人気を集めます。2007年にはハワイの音楽祭でコンテンポラリー・アルバム・ザ・イヤーを受賞し、2008年以降はハワイ観光局のキャンペーンソングを手がけています。

日本にもたびたび来日して公演を行い、日本とハワイの架け橋の役目をしています。2010年4月~5月にNHKのみんなのうたで、日本語で歌う「Aroha You~きずな~」が放送されましたので、彼らの音楽を耳にした方も多いことでしょう。

 

 

ハワイと日本の繋がり


ハワイは毎年多くの日本人が訪れる、人気の高い観光地です。海水浴やショッピング、自然を満喫したり、ハワイの伝統文化やハワイならではの食事を楽しむことができます。

日本とハワイは、歴史的に深い繋がりを持ち続けてきました。ハワイには日本食レストランが多くありますし、何だかちょっと変わった日本食もよく見かけます。ハワイには今も日系人が多く暮らし、彼らが時間をかけて作り上げた食文化が息づいています。

 

日本人移民が多い


ハワイでは1830年頃から、サトウキビ畑や精糖工場での労働力が必要になり、中国、ポルトガル、ドイツなど各国から移民を受け入れました。日本からは1868年に149人が初めてハワイに渡りましたが、あまりの厳しい労働と生活苦により、ハワイに残ることはできませんでした。その後1885年に移住が再開されると日本人移民が増え、サトウキビ労働者の約7割を占めるまでになります。日本人がハワイに移住できなくなる1924年までの間に、約22万人もの日本人が渡り、多くの人がそのままハワイに残りました。

 

日本の文化が根付く


ハワイに残った人達は、日系アメリカ人としてハワイ社会に貢献していきます。現在でもハワイ州には日本人が多く住み、人口に対する日系人の比率が最も高くなっています。

日本人が多く、歴史的に深い繋がりを持つため、ハワイには日本文化が多く残されています。ハワイに移住した人達はサトウキビ労働者だけではなく、日本人のための教師や医師、お坊さんなどもいました。現在でも100ヶ所以上のお寺があるといわれています。他にも「盆ダンス」と称して盆踊りも行われますし、アロハシャツは着物がルーツといわれています。

 

日本の食文化も


このようにハワイに日本文化が定着しましたが、日本の食文化も愛されています。時間の経過と共に、ハワイの気候風土と融合した独特な日本食に変化しています。

例えば、いなり寿司といえば日本では俵型ですが、ハワイでは三角形をしています。油揚げを三角形に切って円錐形にしているために「コーン寿司」と呼ばれ、中には混ぜご飯が入っています。ハワイは暑く食べ物が痛みやすいので、酢飯のいなり寿司は重宝されるのでしょう。

 

・刺身のツマはキャベツ

ハワイでも、新鮮なマグロやサーモンのお刺身が食べられます。日系人のお正月料理に欠かせないものになっていますが、お刺身のツマがなぜかキャベツの千切りです。

マグロやサーモンを海藻と塩で和えたポリネシア料理である「ポキ」も、玉ねぎやトマト、ごま油やわさびを入れるなどして、まるでマグロ丼のようになりました。

すき焼きも食べられていて、現地では「チキンヘッカ」と変化しました。チキンなので牛肉ではありません。鶏モモ肉・クレソン・ネギ・椎茸・春雨を醤油と砂糖、出汁で煮て作るので、日本のすき焼きとはかなり違いがあります。

 

・ハワイの唐揚げ

日本で人気のある唐揚げは、ハワイでも「モコチキン」の名前で親しまれています。見た目は唐揚げと変わりがありませんが、衣に餅粉を使用しているので食感がモチモチとしています。プレートランチの定番となり、ハワイらしく量がたっぷりでマカロニサラダも付いています。

ハワイの料理は全体に甘めの味付けです。醤油もかなり甘口で、「アロハ醤油」は日本食には欠かせません。驚くことに、ご飯やおかず、何にでもかけて使われています。レギュラーや照り焼き、減塩、バーベキューソース味など種類も豊富です。

 

・スパムむすびが人気

ハワイにはおむすびもあります。値段が安く手軽に食べられる、スパムむすびが人気です。スパムをスライスしたものを挟み海苔で巻いて作ります。日系人の女性が作ったのが始まりとされ、今ではスーパーやコンビニなどで広く販売されています。

納豆もあり、日本産の冷凍納豆も売っていますが、地元ハワイの豆腐店もあり、納豆、豆腐の他に厚揚げやこんにゃくなども売っています。この他に、スーパーには梅干や漬物もあります。

 

・スイーツも人気

日本食文化では、お菓子も引けを取りません。日本の大福は「モチ」と呼ばれ、広く親しまれています。スーパーではごく普通に餅粉が売られています。大福の味はブルーベリー味やピーナッツバター&ミルクチョコレート味などと、日本では考えられないものばかりですが意外と美味しく、モチスイーツはハワイに定着しています。

かきもちもあります。せんべいやあられをまとめてかきもちと呼び、甘めのものからスパイスの効いたものまで、いろいろな種類があります。日本のかき氷から生まれた、シェイブアイスもあります。

 

ハワイに定着した言葉


日系の移民が使用していて、ハワイにそのまま根付いた言葉もあります。「ベントウ」は、日本と同じくご飯とおかずが詰められていて、スーパーで買うことができます。「おかずや」は日本のお惣菜屋さんに当たります。日本で水に物を落とした時に「ボチャッ」といいますが、ハワイではお風呂に入るという意味で「ボチャ」が使われています。また、焼く・BBQなどの意味で使われる「ヒバチ」など、日本の懐かしい趣のある言葉が使われています。ハワイを訪れたなら、ぜひこのようなハワイの日本食を味わい、歴史に想いを馳せてはいかがでしょうか。

 

 

ロミロミマッサージとは


ロミロミマッサージはオイルを使用した緊張をほぐすマッサージです。指先の点で指圧するのと違い、手のひらや腕全体の面を使ってマッサージします。風の吹き方や波の音に合わせたリズミカルな動きで凝った筋肉をほぐし、リンパの流れを改善します。

ハワイアンロミロミ専門サロンが東京都新宿区にあります。本場のハワイアンセラピストがいて、日本では珍しくハワイアンネームを授与されたロミロミインストラクターが施術します。ハワイから取り寄せた日本未発売のアロマをブレンドした、全身アロママッサージを受けられます。

このサロンはウエルカムゲスト1日3名限定の東京の隠れ家、カヒ・プライベートサロンとなっています。客層は30代から50代の女性で、ハワイ式のマッサージに興味を持っている人や心身共に疲れている人がよく来ます。

ロミロミはハワイ語で「揉む、押す、マッサージする」という意味です。言葉の通り、ハワイ式のマッサージとして行われていますが、古代ハワイアンは医療行為や癒し療法としてロミロミを用いていたといわれています。

 

ロミロミの歴史


古代ハワイアンは、自然との共存を信仰していました。ロミロミもただのマッサージとして行われていたわけではなく、自然から神聖な気やエネルギーを授かり人々に伝えるための行為として、非常に重要なものであったとされています。古代ハワイアンのロミロミは、現在の緊張をほぐすマッサージに近いものが行われると共に、薬草と合わせて治療する、より医学的なロミロミも行われていました。また、悪霊や神の怒りが病の原因であるとされ、魔よけの一種としても行われていました。

古代ハワイアンが生きるうえでロミロミは非常に重要な意味があり、古代ハワイアンが誰でもロミロミを行えるわけではありませんでした。子供の頃から素質を認められた一部のハワイアンだけが選ばれて、祈祷師からロミロミを伝承し次の後継者を育てるという、一種の世襲制に近い形で技術が伝えられました。

先祖から脈々と引き継がれてきたロミロミですが、ハワイアン王朝時代のカメハメハ二世時代にあたる1820年、伝統的宗教制度が廃止されました。その後キリスト教の宣教師がハワイに来て布教活動を行ったため、ロミロミやハワイ古代の色々な文化の継承が一旦途絶えます。

7代目のハワイの王様カラカウア王などが、色々な形でハワイの伝統文化の復興に力を注ぎますが、本格的な文化の復興には至りませんでした。ロミロミが復活したのは1973年のことで、故アンティマーガレット女史が祖父から伝えられたロミロミを一般に公開し、その後の研究で様々な効果が科学的に解明され、今ではハワイやアメリカはもちろん、世界各国にその名が広まっています。

こうしたハワイアン文化の復興は様々な形で続いており、1974年にはハワイ先住民の復興運動が行われました。その後アメリカ先住民事業法が連邦議会を通過し、ハワイアンが正式にアメリカ先住民として認められました。1978年、州政府がハワイ人問題事務局を設置し、現在に至るまでハワイアン文化復興のためのサポートを続けています。

 

ロミロミのマッサージ方法とは


ロミロミは手のひらや腕、ひじを使ってゆっくりと筋肉をほぐしながらリンパを流すマッサージです。全身をほぐしてリラックスした状態にし、天然の植物オイルを使って手のひらや腕でマッサージをしていくのが本格ロミロミの特徴です。背中から足、手のひらから指先、肩から首、頭といった具合に、全身をくまなくマッサージしていきます。中には顔に手をかざすなど、当時のようにマナを送る方もいるようです。

客の体調や気分、またセラピストに色々なタイプがいるように、ロミロミには決まったことがありません。施術方法は全て素手で行うこともあれば、ホットストーンなどの道具を使うこともあります。違った施術をいろいろ試してお気に入りの施術方法を探すのもおすすめですが、ここでは基本的なロミロミの方法を紹介します。

まずはうつぶせになってもらい、手のひらやひじ、尺骨で背中全体をほぐします。緊張した背骨が弛むと自律神経のバランスがとれ、緊張がほぐれていきます。このとき手のひらや指一本一本も丁寧に施術し、うつ伏せのままタオルの上から腰やお尻、ももの裏側をほぐすように施術します。脚は引っ張って伸ばしながら揉み込みます。むくみ取りに効果的ですが、同時に骨盤のゆがみも取れるので、むくみの再発防止にもなります。

立って受ける施術では、上半身を中心にマッサージします。お腹はゆっくりと内臓を正しい位置へ戻し、日常的に受けていたからだと心の負担を解消させます。腕の疲れは、腕からデコルテを施術することでリンパの流れが促進され、自然と解消されます。もう一度うつ伏せになり、今度は首の凝りを取り、頭皮を揉むことで脳の緊張をほぐします。顔のツボ押しを行うので、眼精疲労からも解放されます。

首周りや頭皮のマッサージは脳の緊張を解きほぐす効果があり、気持ちをリフレッシュしたい時におすすめです。さらに顔のツボ押しも行い、眼精疲労などの疲労回復も行なえるので、長時間デスクワークが続くなど、脳が緊張して疲れたという方は特におすすめです。

ロミロミはどんな方でも受けられますが、医師にマッサージを止められている人にはおすすめできません。エッセンシャルオイルの種類によっては高血圧の人や授乳中の人に使えない物があります。また、食後すぐのマッサージは血液が胃に集まって消化を促しているので、消化不良を引き起こす場合もあります。食後は最低でも30分から1時間、間を空けてから施術に向かうのが理想です。

 

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